入学式—魔法道具実験3


 魔法の樹木エグドルの枝に緑を生やしたルノス。ちょうどその時にローズリアが帰ってきた。


「評価はどうだった?」

「大方予想通りでしたわ」


 軽く肩をすくめると彼女は席に座った。その顔はありありと不満げだった。

 するとスティンが問う。


「予想通りって……褒めてもらえたってこと?」

「いいえ。ルージュ教授が日の寮アテスに賛辞を送るなど天地がひっくり返らない限りあり得ませんわよ」

「だけど君の様子を見るに、悪評だったってことも無さそうだ」


 ローズリアは頷くと口を開く。


「そうですわね。ただ無愛想に『戻れ』という一言を」

「それは寂しいな。ほら、あそこの月の寮ルナ生は長々と助言を与えられている」


 ルノスがベルトリアの方を指差すと、それに釣られてスティンも顔を向けた。

 席が離れていて詳しくは聞き取れないが、フクロウ顔の教授は月の寮ルナ生に細かく指示を出しているようだ。

 「貴様は勢いを落とせ」「腫れ物を扱うように接しろ」「急がなくていい。少しずつ水滴を垂らしていけ」

 などと言った内容だ。

 すると月の寮ルナ生は元気よく返事をして戻り。次の日の寮アテス生には鋭い瞳で睨みながらたった一言で素っ気ない。


「……僕やだな。あそこに行くの」

「お気持ちは察しますが、相手は屈指の魔法使い。例え辛辣でもスティンさんにとっては良い経験になりますわ」

「うん……そうだけど」


 スティンの顔は強張っている。相当あの教授が苦手らしい。

 まあ逆に日の寮アテスでベルトリアを得意とする生徒がいるのなら教えてほしいくらいだが……。

 

「取り敢えずオレも行ってくるよ。スティンもローズリアにアドバイスを貰うといい。オレよりもよっぽど分かりやすいはずだから」

「あ、うん。頑張って!」


 まあ頑張った後なのだが。ここは彼の言葉を素直に受け取るべきだろう。


「ああ。君もな」


 短く返答して、席を立った。しっかりと手には魔法の樹木エグドルの枝が握られている。

 そんなルノスの後ろ姿を見たローズリアが感服した。


「やはりルノスさんは凄いですわね。あれほど線密なコントロール技術……相当な努力が用いられますわ」

「ローズリアさんから見てもそうなんだ」

「当然ですわよ。言っておきますけどスティンさん、彼とご自身を比べてはいけませんわよ?」


 緑色の葉っぱをガバッと掴み上げたような緑一色の魔法の樹木エグドルの枝。あれは限界まで魔素を注いだ証だ。仮に少しでも量が多ければ枯れ果てている。

 あの技量……まるで自分と同じ魔法貴族とさえ錯覚してしまいそうだ。


「ルージュ教授、どうぞご覧ください」

「…………」


 資料から目を離して、ジロリと睨め付けるベルトリア。やはり一言も発さずに、ルノスの魔法の樹木エグドルを観察した。

 数秒すると閉ざされた口を開ける。


「貴様が作ったのか?」

「ええ。信じられませんか?」

「…………」


 わずかにベルトリアの目が動いた。魔王候補の制服を確認したのだろうか? 


「そうか。この魔法の樹木エグドルは我が貰っておこう……戻れ」

「貴重なお時間を頂戴しました。ありがとうございます」


 やはり大した評価などない。まあ彼にとって、この程度は当たり前なのだろう。とはいえ文句はない。むしろ不自然な対応をされるほうが個人的に文句を言いたいくらいだ。

 席に戻ると、相変わらずスティンが魔素を注いでいた。机の上には何本も魔法の樹木エグドルの杖が飛散している。


「調子はどうだ?」

「そこそこですわ。でも人間界から来られたって事を考慮すれば優秀かもしれません」

「魔法に触れ合ってきた訳じゃないからな。もっとも——」


 ——そんな事は関係ない。

 ウルテイオは極僅かな例外を除き生徒を特別扱いしない。そして残念ながらスティンはその例外に属さないのだ。

 

「キツそうだな」

「……わたくし達が直接手を貸しては彼のためになりませんもの。仕方ありませんわ」


 教えることは教えた。あとはスティンがコツを掴みそれを成せるか。

 だけど内心でルノスは確信していた。


(魔法道具実験の時間内には出来なさそうだ)


 スティンを見ていれば分かる。

 焦っていると。今だって額から汗が流れているし、回数を重ねるごとに一回一回が雑になっていた。


「冷静になれ、スティン」

「……ごめん」


 多分だがベルトリアを恐れている。いや、もっと範囲を広くして言うのなら「怒られるのを恐れている」。

 理解出来なくはないが、それで雑になっては本末転倒だ。


「無闇に数をこなしても意味はない。一回を大切にするといい」


 刻々と、実験終了までの時間は迫っていた。

 

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