入学編—魔法道具実験4


 その後もスティンは魔法の樹木エグドルに魔素を注ぎ続けたが、遂にそれは失敗に終わった。

 結局、


「仕方がありませんわよ。これでも成長はしていますわ」

「……そう、かな?」

「オレも同意見だ。別に親しいから無理に評価しているってことじゃない。客観的な意見で述べているし、君はもっと自信をもってもいいさ」


 スティンの前にはボロボロの枝が一本。葉っぱを生やすことに成功はしていたが、虫食いのように穴が空いていたり変色してしまったりしていた。

 残念ながら失敗である。

 しかしながら、最初に比べれば遥かに良い。完全に枯れ切った時とは見違えていた。


「じゃ、じゃあ行ってくる……!」


 さながら戦場に行く兵士の如き決死の覚悟。歩き出したスティンは資料に目を通すベルトリアを見た瞬間に速度を落としたが、それでも前には進んでいた。


(スティンは勤勉だ。今はダメでも……結局ああいう奴が将来有望になる)


 だからここで酷評されてもそれは彼にとって成長の糧となるのだ。








 やがて少年はベルトリアの前に立った。気づいてはいるだろうが、教授から反応を示すことはない。

 ふぅ、と軽く息を吐くと意中の人に告白するシーンのように魔法の樹木エグドルの枝を突き出した。


「る、ルージュ教授! 評価をお願いします!」


 もう魔法道具実験が終わる寸前だというのに、まだ居たのか。と周りのアテスとルナ生徒達も注目し始めた。

 それとは関係ないだろうが、ベルトリアも視線を上げる。


「こ、これが僕の——」

「…………」

「——ッ!」


 途中で言葉を止めたのは教授に強く睨まれたからだった。まるで底なしの洞窟に落とされるような幻を見て、スティンの鼓動が早まった。

 外に聞こえるくらい大きな鼓動は少しずつ、少しずつ……けれども着実に彼の呼吸を乱している。


 そんな少年には目もくれずにベルトリアは魔法の樹木エグドルを見やると——


「なんだ、このゴミは?」

「————」

「このような醜い愚作をなぜ持ってきた? 我への侮辱か? それとも我が貴様を特別扱いするとでも思ったか?」

「————」


 当然ながらアドバイスなんてない。月の寮ルナであったならば話は変わるが、日の寮アテスであるスティン相手では罵倒されるのが運命だった。


「不出来だ。あまりにも不出来だ。貴様と同じ席に座るあの二人の出来は良かったそこそこだった。アドバイスなら幾らでも貰えただろう——だがこの体たらく。全くもって不愉快だ」

「————ご、ごめ——」

「謝罪は必要ない。貴様のような下流からの謝意に価値などないのだ」

「…………」


 全くもって覇気のない後ろ姿に日の寮アテス生は視線を逸らし、月の寮ルナ生は笑いを堪えていた。

 否、堪えられずに漏らしていた。小さな声だが、沈黙しきった魔法実験室ではよく届く声だ。もちろん、スティンの耳にも入ってしまった。


「…………」


 ギュっと握られる拳。荒く息を吐く少年。やがて彼の目からは大粒の涙が流れて——


「なぜ泣いている? 泣きたいのは我の方だ。数多の優秀な生徒を輩出してきた我が校に、まさかこのような愚者が在籍していたなど……はァ。先が心配だ」


 ベルトリアが生徒の涙に価値を見出しているはずもなかった。あるのは困惑。なぜ涙を流すのか? それが彼には分からないのだ。


「いつまで我の机にこの愚作を置いているつもりだ。早急にゴミ箱へ捨てたまえ。あまりにも不愉快で我が——」


 と、そこまで口にした教授は何かに気付いたのか口を閉ざした。

 前触れもなく立ち上がると、傍観していた生徒達に言う。


「時間だ。各自戻るといい」


 そう言葉を残して掻き消えるベルトリア。残されたスティンは立ち尽くし、出口に行く途中の月の寮ルナ生に嘲笑われていた。


 実験室からスティン、ルノス、ローズリアの三名以外が居なくなると小柄な少年が袖で目尻を拭った。


「どうだった? ルージュ教授の誠に誠にありがたいお言葉は?」

「わかんないよ……ほとんど罵倒されてただけだし……。でも」

「でも?」


 一拍置いて、


「その通りだとも思った。僕は二人に比べて何もかもが下手だし……不得意だ。だから——」


 努力していつか追いつくよ、二人に。と赤くなった目元で歪に笑った。


(やっぱり口を出さなかったのは正解だった。スティンは強い。少し危ういがそれはこちらで対応する)


 これが、スティン・プープラが失踪する少し前の会話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る