入学編—スティン失踪1


 魔法道具実験が終わると、スティンは日の寮アテスの自室へ戻った。


「強がってはいましたが、やはり心に傷はついたのでしょう」

「そうだな。今は一人にさせてやろう。オレが居ては泣きづらいだろうし」


 今日はまだ残り一つ講義があるが……こうなっては仕方がない。ベルトリアに叱られて、月の寮ルナにまで馬鹿にされたスティンの精神はボロボロだった。

 そんな彼をルノスは引き止められないし、それはローズリアも同じだ。せめて今日くらいは休んでほしい、と思っている。

 

「次の講義は……」

「魔法生命学ですわ」

「そうだったな。確かエンフィールド教授か」


 場所は魔法生命室。探すのに一苦労しそうだった。それに彼女はウルテイオの教授の中でも随一の面倒くさがり屋で有名。

 これまた癖のある魔法使いだった。







 魔法生命学が終わると、時刻は16時になっていた。席から立ち上がる生徒が口々にこの後の予定だとか晩御飯の話だとかを吐いていた。


「ルノスさんは予定とかありますの?」

「オレか? ……どうしたものかな。部屋にも戻りずらいからな」


 と、いうよりかはスティンにはもう少し一人の時間が必要だと思った。ルノスもああいった挫折を味わったことがある故、理解できる。一人で考える時間が、後々の魔法使い人生において大事になるのだ。

 現在のスティンはまさにそれをしている。ここでルノスが口を挟めば、彼の大きな成長の妨げとなりかねない。


(それだけは避けたいな)


 自身が相方の魔道の邪魔になるなどまっぴらだった。

 

「そうですわね……少し早いですが食事に致しませんこと? 依頼すればルノスさんの部屋に食事を届けてくれますし」

「そうだな。スティンも食堂まで来る元気はないだろう」


 食堂まで移動して適当な席につくと、紙に依頼内容を記載した。

 『日の寮アテスの火を吹く赤い蜥蜴のマークがある部屋の前に子供が喜ぶ食事一式を』

 この手紙は空になった皿と共に厨房へ送られるようにする。

 雑で短な内容だが、日々厨房で数えきれない食事を作る彼らはプロだ。関係の浅いルノス何かよりずっと良いメニューを出してくれるだろう。


「しかしあまり腹は空いていないな」

「そうですわね。ですがこの時間帯は人が少なくて心地良いですわ」


 周囲にはほとんど人は居ない。当然だ。今は16時を過ぎた程度で、晩餐って頃合でもない。

 一番人が多いのは18時を過ぎたあたりだった。


「まあ席についた時点でもう遅いか」

「ふふふっ。ウルテイオは問答無用ですわ」


 こんな会話をしている間にも、丸テーブルの上にはスープやステーキなどの数々の料理が。その他にも、ショートケーキやチョコケーキ、マドレーヌにドーナッツ、それにみたらし団子に色とりどりのマカロンが出現する。

 大抵の生徒はそれらを食べきれないが、残された物はウルテイオで飼っている魔法動物などが完食するので問題はない。


「ところでルノスさん。貴方は何処かで魔法を習っていたのですか?」

「随分と急だな」

「ああ、いえ。少し気になっただけですの」


 オムレツを食べ始めた彼に、ローズリアが言う。どこか聞きづらそうなのはお互いがどこまで踏み込んで良いのか、そのラインが不明だったからだろう。

 

(……隠すことでもないか)


「オレの家は少し特殊なんだ。両親と昔に死別してからはおじさんにおばさんの三人暮らしで……偶然そこの家の先祖が魔法使いだったからその名残で書物が沢山あってね。小さい頃からずっと魔法と触れ合ってきたってだけだよ」

「そうなのですか……失礼しました。軽々しく話して良い内容でもなかったでしょう」

「別にいいさ。話したって減るものじゃない」


 とは言っても、ローズリアはどこか申し訳なさそうにサラダを食していた。

 こんな時は自分の話を逸らすのに限る。


「そういうローズリアこそどうなんだ。魔法貴族なんだったら幼少期から苦労してきただろう?」

「そうですわね。ですがわたくしはまだ良い方ですわよ。生まれる家によっては『女は子供を産む道具』として扱われますから」

「それはオレも知っているな……嫌な話だよ」


 魔法貴族だって良いこと尽くしではないのだ。そう考えれば、同い年と言えどローズリアは人生の先輩と考えても遜色はないかもしれない。

 それくらい苦労しているはずだから。


 ルノス達はその後も世間話をしながら食事をとり終った。

 時間は18時を回っている。

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