入学編—スティン失踪2


 日の寮アテスの自室へ歩くルノスはスティンとの接し方を思考していた。

 ちなみに寮では上階が女子で下が男子となっているため、ローズリアとは既に別れている。


(こんな事ならローズリアから意見の一つでも貰うべきだったな……ん?)


 反省しつつもあと少しで部屋に着く——そんな時、火を吹く赤い蜥蜴のマークがある扉の隣にワゴンがある事に気づいた。厨房から寄越されたのだろう。別にそれが可笑しくはない。頼んだのは他ならぬルノスなのだから当たり前だ。

 しかしとなると……


(スティンは食堂に向かおうとすらしてなかったのか……)


 ため息を吐いて、部屋の扉を開けた。もちろんワゴンを押して入る。

 

「…………」


 妙だな。とルノスが腰の魔法剣に手をかけた。中は洞窟のように暗く、不気味だった。物音一つない静かな室内に自然と彼の進む足も物音を立てなくなる。

 

(寝ている可能性もあるが……寝息は聞こえないな)


 耳を澄ませても音がない。何者かが中で気配を消している場合もあるため、やはり油断はできない。

 そして、バッ! と勢いよく突入した。


「……誰も居ない?」


 ルノスの考えは杞憂だった。しかし、


(スティンも居ない。ベッドは……冷たい。部屋を出て時間が経っているのか?)


 いや、必ずしもベッドに入ったとは考えられない。だがそうなると、スティンは何処へ消えた?


(オレと入れ違いになったか? 食堂に居るかも……いや、何者かに攫われたとも考えられる)


 悪い方向に考えるのは早計だ、とルノスは頭を振って急いで部屋を出た。

 とにかく今は食堂に向かうべきだろう。

 何かの間違いで彼が食堂へ赴いているのなら手をあげて喜ぼうじゃないか。


(そうだ、ローズリアにも手伝って——)


 そこで、彼はローズリアの部屋が何処なのか、何階なのかも知らない事に気づいた。


(最悪だ。聞き回っていたら時間ばかりが無くなるぞ)


 最終的にルノスは一人で探すことを決断した。


 念のためにまず初めに向かったのは食堂だ。ここにいれば全ての不安はルノスの思い過ごし……になるのだが、


「無理だ」


 18時を超えた今の時間帯はもっとも人が混む。制服の色で寮の判別は出来るにしても、この広さの空間からスティンを探すなど不可能に近い。

 だったら、ここは捨てるべきだ。元より生徒が死ぬような場ではないし、彼がここにいる見込みはほとんど無かった。


 何せ、部屋の前には食事一杯のワゴンがあったのだから。それを見つければ食堂に向かう必要はない。


(いいさ。最初から念のために来ただけだ。ここじゃなくて校内を探した方がよっぽど利口だろうしな)


 再度走り出すと、何人かの生徒とぶつかりそうになった。だがそんな事は気にしてられない。もう魔法使いの時間に近づいている。

 これより先は魔道に狂った先輩化け物と邂逅する恐れがあるのだ。


(スティンは誘拐されたと考えるべきか……)


 だとすればルノスの手に負えない。仮の、仮の話だ。スティンが誘拐されたとしよう。

 そうなると誘拐時刻はかなり前のはずだ。多分、魔法道具実験が終わって寮に戻る時……。


「約4時間前……生存率は絶望的だな」


 全くもって嫌になる。

 しかしこれは仮の話。彼が誘拐されたとは限らない。

 大丈夫だ焦るな。そう己を鼓舞して前方を見ると、人影が視界に入った。


(こんな時に……!)


 これが厄介な類の先輩だったら、スティンどころではない。自分自身すら危なっかしい。

 一年生自分達よりもずっと先の魔道を進む先輩彼らとの出会いはルノスが考えうるなかでも一番無情なケースだったのだ。

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