入学編—魔法道具実験1 


 食堂で一時的に別れたローズリア達と再会を果たしたルノスは昼食をとり終わると、席を立ち上がった。


「確か次は魔法道具実験だったな」

「そうですわね。ただあそこの教授は……」


 言い淀むローズリア。それをスティンが訝しげに見ると、言う。


「どうしたの? 実験なんて楽しそうなのに」

「ローズリアが気にしているのは実験じゃなくて教授の方だよ」

「教授?」


 そう、これもウルテイオでは有名な話だが魔法道具実験の教授は、


日の寮アテスを嫌っているんだ。魔法道具実験の教授、ベルトリア・ルージュは」


 とんでもないことだ。生徒を公平に見るべき教授が日の寮アテスを強く嫌い、差別してくるのだから。

 少なくともルノス達からしたら最悪の人物であるのは違いない。


「で、でもさすがに嫌いだからって——」

日の寮アテス生を殺したことがあるらしいぞ」

「…………」


 震えながら俯くスティンは、内心で思った。

 ——絶対教授向いてないよその人!?

 しかしながら幾ら喚いても魔法道具実験の担当が変更される訳ではない。

 ここまで脅しておいて何だが、ベルトリアとて日の寮アテス生を無差別に殺し続けてはない。精々、多少の暴力や罵詈雑言を飛ばしてくる程度だろうか。


「もう、また脅したんですの? スティンさんも一々怯んでいては7年も保ちませんわよ?」

「……だ、大丈夫だよ……うん。本当に大丈夫だから」


 ジトリとローズリアがルノスを見た。視線を逸らして今は逃げるが、次同じような事が起きれば本気で注意されるかもしれない。

 まあでも、単に意地悪をしているのではなくスティンには早めにウルテイオに適応してほしいという願いを込めての行動だ。


(だから今は許せ、スティン)







 魔法道具実験を行う魔法実験室にルノス達は到着していた。実験開始より20分前から行動を始めた甲斐があった。

 

 隣には気分が悪そうな少年が一人、前方には向かい合うような形で座るローズリアが。

 そんな彼女はスティンを見兼ねて、適当に話題を作ることにした。


「ところでルノスさん。用事の方は済みましたの?」

「ああ……なんというか、無理だった」

「それは残念でしたわね。時間以内に帰ってきたのでわたくしは済ませたものかと思っていましたわ」


 まあ、そうだよな。とルノスは思った。時間に余裕を持って帰ってきたのだから、目的は達成したと考えるのは普通だろう。

 実際は大母グランマに追い出されたのに近い訳だが……そんな恥ずかしいことは口を裂けても言えない。特に魔法貴族であるローズリアには。


 ふと、考える。


(フクシアに会ったことは言うべき……なのか?)


 難しいところだ。言ってもいいのだろうか? あの皇女に口止めはされていないが、だからって言いふらす事でもない。

 ふーむ。と唸りながらも結局ルノスは伝えることにした。


「実は魔法皇族のフクシア・マギア・インペラートルに出会ったんだ」

「——へっ?」


 彼女にしては間抜けだ声だ。それくらい衝撃的だったのだろう。何せ隣にいるスティンすらも反応していたのだから。


「魔法皇族って結構すごいよね?」


 すると先程までの恐怖は何処へやら。コソコソと耳打ちで聞いてきた。 


「もちろん凄いさ。しかも今代の皇女殿下は歴史を見てもぶっ飛んで才能がある。将来は偉大な魔法使いになるだろうな」

「もっと評価しても良いでしょう。わたくしは幼い頃にお会いしただけですが、フクシア様は溢れんばかりの魔才の持ち主でした」


 ——今となっては教授クラスでも驚きませんわ。

 そう付け加えて、ローズリアは意味ありげにルノスに目線を送った。


「言っておくが、大した会話はしていないぞ? ただオレ達が同じ候補生だったから絡んだだけで……」

「それでも羨ましいですわ。わたくしもいつか……もう一度あの方とお話ししたいですわね」


 だが彼女もそれが不可能に近いことは自覚していた。理由など日の寮アテス月の寮ルナであること以外何もない。それだけで十分すぎたのだ。


「え、えっと——魔法皇族って何か詳しく教え——」


 その時、スティンの言葉を遮るようにフクロウ顔の男が魔法実験室に入った。

 決して大きくない足音をたてながら自身の位置につくと、死んだ魚のような瞳を生徒に向けて一言。


「魔法道具実験を始める。担当のベルトリア・ルージュだ、一応名乗ったが覚える必要はない」



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