入学編—純白の皇女3
彼女の正体が
「七曜の大魔女である君がオレを気にする理由は魔王候補だったからか」
「その認識で構わないわ。今のうちに唾は付けておくべきでしょう?」
「……その通りだが、言い方くらい変えたらどうだ」
フクシアの性格は粗方見えてきた。
彼女が魔王を発見するために躍起になっているのも変なことではない。
「そういえば、魔法皇国は色々と大変そうだな」
「本当にね。後継問題でいつも騒いでいるわ……あの人達も飽きないのかしら」
「……君はもっと、自国のことを考えるべきだと思うけどね」
フクシアは魔法皇国でたった一人の
なぜなら天満月の姫魔女である事が約束されたからだ。
七曜の大魔女は魔王にとって手足と遜色のない偉大な魔法使いだった。しかし、同時に七人全てが魔王の伴侶でもあったのだ。
だからどうした? と切って捨てられれば苦労はしないが、天満月の姫魔女を魔王以外と結婚させるなど許されないことだ。そう考えるのが、一般的である故、フクシアに結婚は出来ない。もちろん彼女の唇や貞操だって、もし魔王ならざる者と交わったと知られればどうなるか。
(
これらの要素があってルノスは魔法皇国を心配したのだ。だけどフクシアは楽観的だった。
「私だって何も考えていない訳じゃないわ。でも気にしたって仕方がないじゃない。魔王は未だ現れないし……それとも貴方が魔王かしら?」
「揶揄うな」
非常に残念だがルノスの背中にある魔王のマークは黒である。これが赤かったら堂々と「オレは魔王だ」なんて言えるが、今の彼はその器にない。
「ところで貴方の名前を教えてくれてもいいかしら? 私だけ名乗るなんてフェアじゃないもの」
腕を組んでちょこんと首を傾げるフクシア。その際、ルノスはずっと逸らしていた彼女のサファイアの瞳を見てしまった。
「——ッ。頼むからその
「失礼ね、私だって好きで発動してないわよ」
天才であるフクシアには、籠絡の魔法眼が備わっていた。瞳で見つめた者、瞳を見つめた者——その両方を魅了する厄介な力だ。
ただ、今の発言で分かったことが一つ。籠絡の魔法眼は常時発動型らしい。意思で操れる類ではないという事だった。
(やりずらいな……こっちが落ち着いてられない)
しかしこの皇女殿下も中々に波瀾万丈な人生を楽しんでいる。ルノスも
ああ、そうだ。と彼は忘れていたように口を開く。
「ルノス・スパーダだ。ルノスでもスパーダでも唾付きでも好きに呼ぶといい」
「あら? 意外と根に持つタイプかしら?」
「いやなに、嬉しいだけだよ。崇高でお美しい皇女殿下に唾をかけられて」
時間帯が良かっただけで、きっと昼時以外ならば宛らアイドルの如く注目の的だった。話しかけるなら人がいない時にしてくれ、と言おうか迷ったが……この手の人間は都合が悪くなれば無視するタイプであるのをルノスはよく知っている。
「ならルノス君って呼ぶわ」
「皮肉くらい拾ってくれてもいいだろ」
まあしかし、奇妙な縁だ。きっと関わることは少ないだろうが、彼女との出会いは何かの運命に近い気がする。
(……? そういえば、フクシアは初めて見たな)
格闘魔法訓練の時も魔法史学の時も姿はなかった。見逃していた、ってことも無いだろう。こんなに目立つ綺麗な髪が目に止まらないなんて、盲目も行き過ぎている。
「フクシア、君はいつから図書館に居る?」
「今朝からだけれど、もう出るわ……何? もっと私と一緒がいい?」
「まさか。
「それはどういう意味かしら?」
上目遣いで尋ねた彼女に、横へ指を差して答えた。その方角には豪勢な額縁に収まっているふくよかなおばさんの絵が壁に掛けられていた。そして、頷いてフクシアは納得する。
「確かに無理そうね。さて、お小言を頂きに行きましょうか」
「そうだね」
明らかにこちらを睨んでいる絵画には苦笑いを漏らしてしまう。
フクシアに並んで、出口……に行く前に絵画の前で止まった。避けたいが、出口の前に飾られているため不可能なのだ。
「入学して一日なのにお熱いこと。恋人なのかもしれないけど羽目を外しすぎて妊娠しないように・ネッッ!」
恐らく魔法皇国の話を聞いていたのだろう、語尾だけ大声をだしたのは図書館の司書である
普段は優しいが、本を汚したりうるさくしたり、遊んでたりしたらこうして口を悪くしながら怒る。ウルテイオでは専ら有名な話だ。
「ははは。ご冗談をオレにも彼女にもその気はありませんよ」
「も、もうルノスったら。カノジョなんて……私達今会ったばかりなのに」
「頼むから君は黙っていてくれ」
まったく。フクシアは生真面目そうな癖して悪ふざけが過ぎる。今の発言だって相手が本気で捉えていたら大騒ぎだ。
「それでは
「そんな乱暴にしなくても私は——」
「いいから黙ってくれって」
手を引っ張るだけで余計なことを口にする純白の少女をルノスは言い被せて阻止した。
そのまま図書館の外に出ると、すぐに手を離す。
「はぁ。君はなんでこう面倒なことを言うんだ?」
「でも嫌ではないでしょう?」
「……別に嬉しくもない」
「私に見惚れてたくせに」
(気付いてたのか……)
その話題を出されたらこちらは何も言えない。勝負とかではないが、完全にルノスの敗北だった。
「それに私、ルノス君の困った顔好きよ」
「今度は
「それは残念。それじゃあ私はこれで。
そう言うと、フクシアは歩いて行った。
別れを告げられた手前、同じ方向に行くのも悪いので敢えて別の方向に進んだが、ルノスが食堂に辿り着いたのはそれから10分後だった。
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