入学編—神秘の終門5


 ぎゅっと魔法剣を握りしめると、ルノスが言う。


「ローズリア、援護を頼んでいいか?」

「構いませんが……勝機はありますの?」

「羽の付け根あたりが脆い。ドラゴンの言葉を信じるならだが……どの道オレ達の勝ち筋はないんだ。希望があるならそれに賭ける」

「……了解しましたわ。ではわたくしは守りに徹します」


 顔を合わせてから頷いた。

 それが最後の確認だ。


 そして——ルノスが風のように走り出した。


(あのドラゴンは既に手負いだ。それに幼体故に必殺の炎を吐けない……)


 さらに言えば、呪文か薬物で半強制的に戦わされている状態だ。それではドラゴン本来の力を十分に発揮できない。

 弱点は教えてくれた。

 勝利を掴める未来も決して夢物語ではないだろう。


「グガァ——ッ!」


 先程と同じように爪が振り下ろされる。

 ルノスはドラゴンの背後へ回るように避けた——が、相手も馬鹿ではない。それを見越して今度は丸太のような尻尾を振り回し追撃した。


「やらせませんわよ、守護せよファンシオ!」

「ナイスタイミングだ」


 突如現れた板に打ち返されるドラゴンの尾。

 攻撃モーションの僅かな隙を逃さずにルノスは岩のようなゴツゴツした体を登り始めた。


 跳躍を利用してドラゴンの背部へ辿り着くと……


「グガァァァァ——!!」


 天を覆うような翼が上下に大きく揺れ動かされた。


「く——ッ!」


 スティンくらいなら吹き飛ばされそうな風圧がルノスとローズリアを襲う。

 しかし——絶対に離してなるものか! とルノスはドラゴンの背部についてある突起物を掴んで離さなかった。

 

(まずい……! このままだと吹き飛ばされる……!)


 想像以上の風圧で、遂に手のひらの力が抜けようとした、次の瞬間。


「ローズリア! 上に張ってくれ!」


 この意味をこの過酷な現状でローズリアが刹那に理解できるのか。そんな不安を胸に、しかし時間惜しさの叫びだった。

 だけど、どうやらルノスは彼女を見くびっていたようだ。


 ローズリアは「了解ですわ!」と短く返答して、すぐに唱え始めた。


守護せよファンシオ……!」


 風圧に負けじと、魔法剣を向けて、唱えた先は———— ドラゴンに乗ったルノスの上空。


 それを確認すると、ドラゴンの突起物を押し上げるような形で守護せよファンシオの板へ移動した。

 中空に投げ出されたように見えなくもないが、やがてルノスの足裏をローズリアの板が受け止めて——


「ふ——ッ!」


 脚全体を力ませて守護せよファンシオを壁代わりに勢い良くドラゴンへ突っ込んだ。


 打ち上げ花火のような速度で向かうのは翼の付け根。目標は心臓。

 魔法剣を上から突き刺すように持つと、さらに呪文を唱えた。


風、纏えウェントゥマス・インドゥオー——!」


 強力だがコントロールの難易度が高く人気がない魔法。ルノスとて長時間操れば疲労で倒れる呪文……だが、今回のように短時間ならば問題はなかった。

 身に纏わせて速度を上げる、魔法剣に纏わせて鋭く仕上げる。それらの工程を終えて、剣先を————。


「ガグァ————ッ!?」


 ドラゴンが助言した通り、翼の付け根に魔法剣を突き刺した。

 するとドラゴン雷のような咆哮を上げて暴れ出す。ルノスは突き刺さった魔法剣を握って耐える事しか出来なかった。


「もういい、安らかに眠れ」


 そんな言葉が届いたのかは定かではない。しかしそれを言い終わった直後ドラゴンの動きが停止した。

 次には支えていた足から力が抜け、体が前方に倒れる。


 それと同時に剣を引き抜いてローズリアの位置まで高く跳躍した。


「やりましたわね、ルノスさん」

「君のお陰だな」

「いいえ、わたくし達のお陰で何とか倒せましたわ」


 軽口を言い合うと特に合図もなく二人はハイタッチをした。


「あとはスティンさんを返してもらうだけですわ」

「……そうだな。契約呪文を行使したし、抵抗はされずにすむか」


 そうして二人は不気味に微笑むルーデウッドと対峙する。

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