入学編—神秘の終門4


 真紅の鱗が黒く焦げていた。煙が立ち昇り、ドラゴンはぐったりしている。

 しかしルーデウッドは未だに焦った様子を見せない。それどころかニヤけながら楽観視しているようだ。


「ルノスさん、お怪我はありませんか?」

「ああ、君もないようだな。それよりも……」


 駆け寄ってきたローズリアに返答すると、すぐにドラゴンへ視線を戻した。相手は最強の種族なのだ。子供だとしてもこの程度で終わるとは思えない。

 そして、そんな不安を肯定するように爬虫類の瞳がカッ! と勢いよく開かれた。


「——っやはりまだ……!」


 血のような瞳は強くこちらを睨んでいる。焦げた鱗も、ボロボロの体も目に入らないくらいの威圧感がそこにはあった。

 これで口から火が吹けないのだから、まだまだ弱い個体だなんて到底信じられないし、信じたくもない。


「グッグガァァ……!!」


 汚れた翼を羽ばたかせて、ドラゴンは地に尻尾を叩きつけると縦に一回転するように立ち上がった。


「さすがは最強種。ダメージを負えばその分強くなる、か」

「どうしますの? 悔しいですがわたくしもうあれ以上の呪文は扱えませんわ」


 苦虫を噛み潰したような表情のローズリア。


「さっきと同様の手は通じないだろう。ドラゴンは非常に賢い。個体によるが、中には子供の段階で人間の大人を上回るのもいるくらいだ」


 だからこそ、今の状況は危険と言わざるを得ない。興奮状態になったドラゴンは理性を手放しそれが治るまで暴れ回るのだから。


「…………?」


 ふと、ルノスとドラゴンの目があった。コチラとしてはただ警戒していただけなのだが……気づく。

 その血に濡れた瞳に理性がある事を。


(どういうことだ? 興奮状態ではないのか?)


 わからない。判断を下せない。

 迷いに迷った——その時。


『……たい』

「何?」


 声が、聞こえた。明確に、透き通るような、人間の子供のような声が。

 

「どうかしましたの?」


 ローズリアには聞こえていないようだった。彼女は訝しげにルノスを見つめている。


『……にたい』

「…………」

『死にたい』


 間違いなく、その声が耳を通った。

 むろん、ドラゴンが人間の言葉を話すことはある。しかしローズリアの反応を顧みるに、人間の言葉を使っていない。

 しかし、念のため確認することにした。


「声が聞こえないか? あのドラゴンから」

「声? ……いえ、何も聞こえませんわ」


(オレだけなのか? それとも……)


 ルーデウッドにも聞こえているのか。いや、そんな話は前代未聞だ。一部の人間にのみ聞こえるドラゴンの言葉など前例がない。第一、可能だと仮定してもそんな珍しい個体を危険に晒すなど魔法使いとして考えられないことだった。

 となると……


(オレの方に何かがあるのか?)


 ドラゴンではなく、ルノス自身に問題があると考えられる。


『殺して……殺し、て』

「君は……本当に死にたいのか?」


 咄嗟に返した言葉にドラゴンは驚いたように顎を震わせた。

 まさか、とでも思ったのだろう。


『……殺して』

「そうか……」


 意思疎通はできる。

 目の前のドラゴンが人間の子供とそう変わりのない存在なのも何となく察した。

 けれど、殺す方法がない。今のルノス達で圧倒的な火力不足だ。


 どうする? と考えた時に隣でローズリアが呟いた。


「リュウ語」

「なんだって?」

「ルノスさん貴方……今、リュウ語を使っていましたわ」

「……は?」


 何を言っているのか分からなかった。そもそも今の魔法界にリュウ語を操れる人間なんて居ない。過去を顧みてもリュウ語を操れたのは魔王くらいだった。

 もちろんルノスは習ったこともないし、生きてく上では不要なものだったので詳しくもない。何せ、ただドラゴンと会話できるだけなのだから。


「何を言って……いや、今はいい。とにかく目の前のことに集中しよう」

「え、ええ。その通りですわね」


 二人は魔法剣を構えた。

 次にドラゴンが喋り出す。


『カラダ……弄られた……翼……付け根部分……脆くなってる……そこずっと奥まで刺せば……心臓』

「ああ、わかったよ……君の恨みは果たそう」


 覚束ない言葉遣いだが、言いたいことはわかる。多分このドラゴンは呪文、あるいは違法な薬物で体の自由を奪われているかそれに近い状態にあるのだ。


「…………」


 ああ——やってやるさ。

 ルノスは心の内に封じた黒い感情が隆起するのを察知した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る