入学編—呪文学3
「いいかい? 呪文は魔法を使うために必要なもの。でも発音を違えば『ドガンッ!』って爆発するから気をつけること」
教授の声に体を震わせて反応するスティン。
「早速試してみよかな♡」
ピエールは指揮棒のような魔法剣を引き抜くと、適当な呪文を唱えた。
「
初見のスティンには分からないだろうが、その呪文を知っているルノスには分かる。今の教授は発音が違った。
正確な発音はルクスエクスィだ。ピエールの場合だと少し力みすぎでいるとでも表現すべきだろうか?
(さて、今回はどうなるのか)
間違った発音や言葉でも呪文は完成される。どのような結果を齎すのかは様々だが、唱えられた魔法が無くなるってことはまず無い。
絶対に何らかの形で完成されてしまうのだ。
「————うッ!」
隣の小柄な少年がうめいた。
ピエールの魔法剣からは煙が出ている。やがてそれは講義室全体に渡り……。
「さすがに臭いですわね」
「ああ、だが今回は腐臭だったか。マシな部類だな」
整った顔を顰めるローズリアに同意する。呪文詠唱の失敗に伴い、このようになるのは別段珍しくなかった。
腐臭を放つ他にも、爆発する、強く光る、魔法剣が崩れる。などなど探せば切りがないほど種類は豊富だ。
「今回は臭くなるだけで良かったヨ。運が悪かったら、きみ達死んでたからね♡」
「…………」
——コイツ何やってくれてんの?
生徒達の目は口ほどに物を言う。
しかしピエールはそんな視線など全く気にする素振りをしないで、そのまま喋り出した。
「次は、禁じられた呪文をわたしみたいな非魔王候補が唱えたらどうなるのか——」
禁じられた呪文。それは魔王候補以外に唱えることが出来ない五つの最悪の呪文のことだ。
ウルテイオの筆記試験でも出たものだが、魔王候補以外が唱えた場合のことは問題になっていなかった。
とはいえ、常識として唱えるような馬鹿は居ない。非魔王候補が唱えれば魔王に呪われて死ぬのがオチだからだ。
だから、今の教授の発言には驚いた。
(まさか唱えるのか……?)
ピエール・ピカソは偉大で有名な魔法使いであるが、魔王候補ではない。
当然、唱えたが最後、死あるのみ。
「なんてね♡ わたしはまだ死にたくないから気になったら自分で試してヨ」
ふぅ、と小さく息を吐いた。
さすがに入学間も無くして教授が呪い殺される場面を拝みたいとは思わない。
「でぇもね。世の中には陰の魔法使いがいるから、『禁じられた呪文は誰も使わない』なんて思っちゃダメだヨ?」
ジロリとピエールが生徒達を端から端まで順番に見た。
まさかもう陰の魔法使いの話が出るとは考えなかった。
スティンも何の話をしているか分かっていないようだし……。
と、その時。ルノスは今更ながらに気づいた。
(スティンはどんな手を使ってウルテイオに入学したのだろう?)
ウルテイオの知識にしても、呪文の知識にしても、普段の身のこなしにしても、ただの一般人だ。
そんな一般人がウルテイオの入学試験を乗り越えられるとは思えない。第一、初めの講義にしても教授らの口走る言葉は全て常識に近い。少なくとも魔法界生まれの大多数にとっては当たり前の知識だ。
まるで、今までの講義はスティン個人のためにあったかのようにも感じる。
(スティン・プープラには何かがあるのかもしれないな)
探る価値はあるか。
そう考えた時、
「ねぇルノス君」
スティンが小さく口を開きながら肩を叩いてきた。
そちらに視線を向けると少年は続けて喋り出す。
「陰の魔法使いってなに? 初めて聞いたんだけど……」
どうやらルノスの予想通り知らなかったようだ。そうなると常識の欠落している彼が何故入学できたのか、つくづく気になって仕方がない。
だがそれは後回しだ。今は困っている生徒に優しくものを教えてあげるそこそこの優等生として接しよう。
「簡単に言えば、悪行を働く魔法使いだ。物を奪ったり、人を殺したり、それこそ魔王候補なら禁じられた呪文を行使したりする」
「……そんな怖い人居るんだね」
ルーデウッドを思い出したのか、小柄な少年が再度震え上がった。
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