入学編—呪文学4
呪文学は滞りなく進み、遂に講義終了まで迫っていた。
そんな中、ピエールが「最後に」と今までで一番大きな声で言う。
「今日は陰の魔法使いの話が出たけれど、陰の魔法使い撲滅隊ってサークルがあるから怖い人は入るといいよ♡」
そういえばそうだ。とルノスは一人納得した。入学して間も無くサークルの勧誘期間が始まる。期間は三日で、その間に講義などはない一種の祭りに近いものだ。
絶対にサークルへは加入しなければならない……ことはないが、加入すれば何処も先輩が親切にしてくれる。要は魔道を進みやすくなるのだ。
だから少しでも皆より先を進みたいのなら、サークル勧誘期間を上手く利用して自分に合った場所に行ったほうが良い。
その中でも、ピエールの言う「陰の魔法使い撲滅隊」はウルテイオでも一番人気のサークルだ。ルノスの知識に誤りがなければ300人は所属していたはず。
(まだ人数を増やしたいのか……もう十分だろうに)
いや、違うか。きっと陰の魔法使い撲滅隊の狙いは——
「それじゃ今日は解散♡」
微笑む教授は残念ながら恐怖を煽ってくる
そんな彼から早く逃げたい——というのは関係ないだろうが、そそくさと生徒達が抗議室から退出していく。
「ぼ、僕達も行こう?」
スティンも彼らと同様だった。まあ彼の場合は少し別の理由も混ざっているかもしれない。
「そうですわね。これ以上ここに居る理由もありませんし」
まさしくその通りだ。別に講義室に居たとして、こちらに利益がある訳じゃない。
だが……。
(ピカソ教授の視線……講義している時から10秒に一回のペースで背後にいっていたな。今も……)
講義室のどこに座るのかは生徒の自由。無論ほとんどが話の聞きやすさ、観察のしやすさを考慮して前から中程までで着席する。
ただ、今回は少し違った。
二人だけ一番後ろの席に腰を下ろす者がいる。
それ自体は問題じゃない。ピエールとて学欲のない生徒なんかに興味は湧かないし、構うなんてもっての外だ————その人物がフクシア・マギア・インペラートルでなければ。
「ルノスさん? 行きませんの?」
「少し気になってな……」
(まだ一度も講義に出ていない彼女が呪文学にだけ出た理由はなんだろうか?)
今回のに限らず、初回の講義は全てルノスですら既知の内容だった。当然フクシアもそのはずだ。
であれば、だ。出席する理由はない。進級だって教授の出す試験に合格さえすれば、変な話、一つとして講義に出なくて良いのだ。
「ローズリアこそ良いのか? 君の会いたがっていた皇女殿下が後ろにいるぞ」
「……っほ、本当ですわね。ですが……そうですか」
ルノスの発言でフクシアを認識したのか、彼女にしては珍しく動揺している。しかし軽く息を吐くと、次の瞬間にはいつもの彼女に元通りだった。
「お話はしたいのですが——今は辞めておきますわ。
賢い選択だと思った。少なくとも表立って仲良くするような関係でもない。出来るだけ目立たないようにして損はないだろう。
そんな会話をしていると、背後から立ち上がる気配を感じた。
フクシアの横には狐色の髪の活発そうな女の子が一人。笑顔で接していることから、二人の仲は良好らしい。
(それは上々だな……もっともフクシアの方はどう思っているのか)
あれは誰かと関わりたいって柄では無さそうだ。まあ不愉快そうにはしていないから無用な心配だろうが……。
「失礼、皇女殿下♡」
と、その時。講義室から出ようとしたフクシアをピエールが呼び止めた。
だが彼女の様子は変わらない。強いて言えば「予想通りね」とでも言いたげだった。
「ピカソ教授、私に何か?」
「ちょっとねぇ。わたしが直々に『陰の魔法使い撲滅隊』にお誘い申し上げようって思っただけだヨ♡」
「なるほど……しかし私はまだサークルに加入するかも決めかねている状況。勧誘期間も近いですし、自分の目で確認した上で所属するサークルを判断したいと考えています」
見事な振られっぷり。ただまあ、ピエールもある程度予測できていただろう。何せフクシアにはメリットがない。
よく考えれば分かることだ。
近接戦闘も魔法も、フクシアのレベルは高水準。何百年と生きている教授ですら下手な指導では恥をかくだけだ。
「そうかい、残念だね♡ ならわたしはきみの選択に期待するとしようかな♡」
やはりピエールの諦めは早かった。今日のところは自身が狙っていると知ってもらいたかっただけなのだろう。
彼は他の教授と同じく直ぐに魔法で消えた。
「なんだったんにゃ?」
「私をサークルに入れれば宣伝になるでしょうからね。これからは勧誘がうるさそうだわ」
口々に言い合うと今度はルノスと向き合うフクシア。
しかしそれも一瞬の出来事。目が合っただけで、彼女達は真っ直ぐに講義室を退出していった。
その最後、フクシアの隣にいた少女が面白そうに呟く。
「あの
「あら、私に惚れたのかしら?」
(
そう呆れるルノスの横で、小柄な少年は密かに頬を染めていた。
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