入学編—神秘の終門1 


 講義室を出ると、ローズリアが口を開いた。


「確か次の講義は……大丈夫ですの? スティンさん」

「……え? ごめん。なんて言ったの?」


 心ここに在らず。まさにそんな様子だ。

 「ふっ」と少し考える素振りをしてから彼女は悪い笑みを浮かべた。


「まさか……本当に惚れましたの?」

「ほ、ほれッ——!? そそそそそそんなことないよ!?」

「……そんな下手な嘘があるか」


 慌てながら腕を動かす少年に思わずそう言った。

 とはいえ、隠すような事でもないだろう。単純に初心なのか、一目惚れという現象が恥ずかしいだけなのか。まあどちらにしろ恥ずべきことではないのだが……。


「なんですの? フクシア様がそんなに良いですの? まあ確かに、女の身であるわたくしから見てもあの方はお美しい上にスタイルも良いですもんねぇ」

「うっ……」


 この感じだとしばらくは照れていそうだ。おまけにローズリアが揶揄う始末。これじゃあ事態は収束どころかもっとややこしくなる。


「図星ですの? まさかとは思いますが、フクシア様のたわわなお胸でよからぬ想像なんかもして——」


 若干距離を近づけながらスティンの両肩に手を乗せた彼女は耳元で焦らすように言った。

 

「も、もう許してよ!」


 そう叫びながら彼は走り出して距離を取ると、真っ赤な顔でジトリとローズリアを睨んだ。


「まあまあ、ちょっと揶揄っただけですわ。それとも……本当にご想像を?」

「…………」


 バツが悪そうに俯くスティン。


(そのタイミングで黙るのはダメだろう。せめて「やってない」くらいは言っておいたほうが————ッまずい!)


「スティン避けろ!」

「——へッ?」


 刹那——先に前へ進んでいた少年に電撃が走った。一瞬の出来事に恐らく彼は何が起こったのか理解できていない。


「どうし……」


 途中まで紡がれた言葉を残して、鈍い音を立てながら倒れそうになったスティン。しかし彼の体が床につくことはなく……


「貴方は——」


 金髪金眼、そして人の良さそうな笑み。

 ルーデウッド・ダグナーに支えられていた。








「ルーデウッド・ダグナー……贓物喰いがなぜ……?」


 無意識に漏らされた声に今度はローズリアが反応する。


「では彼がスティンさんを攫った……」

「ああ、間違いない。間違いであって欲しいがオレの記憶とまったく同じ顔だ」


 昨夜見たばかりの顔は鮮明に覚えている。

 しかし何故だ? なぜこの時間帯に再び襲う必要がある?


(油断した……! まさか昼前に、しかもこんなに早いタイミングで襲われるなんて)


 今度こそ本当の危機的状況だ。ロイマスは居ない上、戦力はルノスとローズリアの二人だけ。スティンは人質として贓物喰いの腕の中で眠っている。


「この時間帯なら他の先輩方なんかが通りかかっても可笑しくないのですが……」

「ここまで大胆に行動しているんだ。先輩や同級生がオレ達を見つけられないように何らかの細工をしたのかも」

「だったら冗談抜きで終わりですわね」


 そう、そうだ。本当に終わる。もしここで贓物喰いがスティンのみを連れ帰ったとしてもお釣りが来る程度には運がいい。

 昨夜とは状況があまりにも違う。


 ルーデウッドの金色こんじきの瞳は草食動物を狙う肉食動物のそれだった。


「おはよう、魔王候補。いや……ルノス君だっけ? ああ、あとペクシー家の令嬢も」


 青年は何事もなさげに挨拶を交わしてくるが、コチラはご丁寧に返せるほどの余裕はない。

 絞り出したような声でルノスが発した。


「何が狙いですか? こんな時間から……随分暇なようですね」

「まあね。講義に出る必要もないし。でもさ昨日の一件で君達に興味が湧いたんだ! だからちょっとだけでいいから、一緒に行かない? 下の迷宮まで……来てくれるよね?」


 言いたい放題で返事を待たずに贓物喰いは歩き出した。


「…………」


 断れないと分かってるくせに。

 無言でローズリアと相互注視アイコンタクトを交わすと、二人は大人しくルーデウッドについて行くことにした。


 やがて辿り着いたのは地下迷宮5階層の隠れ部屋だった内の一つ、広場フォルムだった。



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