入学編—格闘魔法訓練3


 未だ生徒は全員揃っていないが、当然お構いなしに教授が開始を合図した。

 

「よし、今日はこれだけか。初日にしては上々だ」


 真っ二つに分かれた二つの寮。座っている彼らを見下ろす形で大柄な男は頷いた。


「オレは格闘魔法訓練を担当しているドナテロ・コベレックだ。ビシバシ鍛えてやるから覚悟してろよ」


 短く切り揃えられた橙色の教授は、野性味のある漆黒の瞳で凄む。

 巨体と相まって威圧感は身を潰される思いだが、ルノスには分かっていた。


(面倒だと思っているな)


 その瞳の奥には「面倒」の二文字が隠れている。まあしかし生徒の成績は教授の評価へ繋がる以上、面倒だからって適当にする訳にもいかない。

 最良の手を尽くさざるを得ないはずだ。


「今回は初回ということを考慮し、まず初めに魔法剣の説明から始める」


 そして携えていた剣を引き抜いたドナテロは剣身を見せながら淡々と説明を始めた。


「いいか? 歴史を振り返れば魔法使いは、魔法のコントロールや発動速度の練度を高めるためにただの杖を使用していた」


 しかし、とドナテロ。


「ある時、魔法使いは情けねぇことに多くの剣士に殺された」


 むろん、ここで言う剣士はただの剣を持つ人間の事ではない。


「で、オレ達も剣を持とうって考えた訳だ。当たり前だが、杖と剣を二つ持って戦うなんて芸当は一部の天才にしか出来なかった。大抵のやつらは器用貧乏だった」


(そう。だから考えたんだ。二つ持てないのなら、一つにすればいいと————そしてそのためには——)


「だったら杖と剣を合わせればいい。という事で生まれたのが今もオマエらが腰にぶら下げている魔法剣——長々語ったが、要は剣として使える杖って思えばいい」


 ふぅ、と魔法剣を戻すドナテロは次に注意点を喚起した。


「だがな、魔法剣は普通の剣よりも耐久力が低い。あまり強い衝撃を与えると壊れちまうから気をつけるように」


 それだけ告げると、今度は軽く打ち合う事になった。

 相手は自由。同じ寮でもいいし、別の寮……この場合は日の寮アテス月の寮ルナでもいい。まあこのニ寮がぶつかり合えば、本気の殺し合いになってしまうしまうだろうが。


「ではわたくしは適当な方を捕まえておきますわ」

「悪いな。なんかハブってるみたいになって……」

「仕方ないですわよ。わたくしには相方が居ませんし……それよりもスティンさんを見なさいな。楽しみにしてますわよ?」


 ローズリアの目線に誘導されて、そちらを見ると確かにソワソワとしている少年が一人。

 

(待たせるのも悪いか)


「それではわたくしはこれで」

「ああ、後でな」


 そう言ってルノスの元を離れた彼女。少しだけ見送ってから、スティンに話しかけた。


「君は剣を握ったことはあるか?」

「……えーと。ない?」

「なぜ疑問系なんだ」


 まあ恐らく、握った事自体はあるのだろう。だけど誰かと打ち合った経験はない。

 

「だが心配は要らないさ。君みたいな人は少ないって事もないし」

「そうなの?」

「魔法界生まれだからって、呪文を唱えさせられたり剣を払わされたりっていうわけじゃないんだ。中にはそういうのと関わらせないで育てる親も存在する」


 特に呪文なんて、と警戒する親は多いと記憶している。何せ、なんらかの形でしくじれば死ぬのは子供の方だ。最悪親の方も巻き込むことだろう。

 

「とりあえず実際に動いてみよう。これでもオレはそれなりに剣の扱いには慣れてる。君のタイミングで来ていいよ」

「わ、わかった。行くよ?」

「ああ。殺す気で構わないから、とにかく刃を当てることだけ考えてくれ」


 軽く頷き、魔法剣を引き抜くと——小柄な少年が全力でルノスに走り出した。

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