入学編—格闘魔法訓練4


 スティンが魔法剣を握らながら走ってくる。速度は遅い、視線で狙いもバレバレ——そんな攻撃を最小限で避けるとスティンは消えた標的に慌てて転んだ。


「いてて……」

「大丈夫か?」

「う、うん。ごめん……」


 剣を知らないのは確認したが、これはそれ以前の問題だった。走り方から何まで素人なのだ。

 しかし、とも思う。人間界で生まれた身の立場で考えてみれば仕方がないとも言えたから。


「ふむ……そうか。まず君が覚えるべきなのは剣の持ち方だな」

  

 今の彼はまるで木の棒で勇者ごっこをしている子供。ただ握っているだけで、体勢なんて気にしていなかった。それに剣の振り方もそうだ。ただ力任せに振り回しているだけなのだから、このまま斬れるものも斬れなくなる。


(その他にも体力を付けさせる必要があるな。後を考えればその方が楽だ)


「剣って握り方とかあるの?」

「もちろんあるさ。ただ、これらに関して聞くのならオレではなくコベレック教授の方が良いかもしれない。あの人はプロだからね。世界でも有名な達人だ」


 まあそれは決してドナテロ・コベレックだけの話ではない。ウルテイオに所属する教授のほとんどが、何かしらのプロであり魔法界が誇る魔法使いなのだから。

 剣の握り方にしてもそうだ。所詮は一生徒でしかないルノスなんかよりも、多くの剣術を会得、あるいは見てきたドナテロこそがアドバイスには相応しい。


「うーん……でも僕はルノス君がいいな」

「……オレがいい? まあ君がそう言うのなら構わないが……教授の方が的確に教えてくれるぞ?」

「いいよ。なんか僕——あの人のこと苦手っていうか、怖いし」


 気持ちは理解できる。現在のドナテロではお世辞にも優しい人間とは思えない。

 案外ああいった風の男は生徒想いなのかもだが、実際は不明なのだ。だったら関わらない方がよっぽど良いだろう。時間はまだまだ何年もあるのだから……じっくり彼の人柄を覗いけばいい。







「よしオマエら。各自で体はほぐせただろ? 次は適当な奴二人に皆んなの前で戦ってもらうぞ」


 再度座った生徒達にドナテロが「できれば日の寮アテス月の寮ルナで」と付け加える。

 ガヤガヤと騒めく訓練場。理由は察している。


 恐らく、この一戦でどちらかは瀕死……またはそれに近い状態になる。そうならない道があるとすれば、争うニ寮に殺意がない場合だろうか。


「一応聞いておくが、やりてぇ奴は?」


 居なかったら、ニ寮の中でドナテロが選んだ二人の生徒が強制的に戦う事になる。

 だが、そうはならないらしい。


「ほう? 新入生で手を挙げたのは久しぶりだな。名前は?」

「ヴォルゼイオス・ウルガータです」


 月の寮ルナから一人、茶髪の少年が挙手した。

 立ち上がったヴォルゼイオスは舐めるように日の寮アテスを見て——。


「あそこにいる日の寮アテス生と剣を交えたく存じます、コベレック教授」

「——ッ!」


 ルノスに指が差された。


「ははは! いいぜ? じゃあ日の寮アテスも決まりだ、位置につけ」


 最悪だった。意味もなく目立つ上に、相手は、


(ウルガータ……魔法貴族じゃないか)


 ウルテイオに入学して間もなくだが、絶望的な状況だ。

 何より、ルノスが警戒するのはヴォルゼイオスの制服だった。


「お? 何だよオマエら、どっちもかよ」


 そう、こちらを睨む魔法貴族もまた魔王候補生なのだ。着用している制服がそれを証明している。

 やっと自分と同類に出会えたというのに、全く嬉しくない。むしろ不運なくらいだ。


 生徒達は円を描くように座り、ルノス達は囲まれている状況だ。

 そんな中、教授は歓喜に顔を歪めている。


「まったく何故こんなマネを……」

「決まっているだろう——平民風情が魔王候補なんてまやかしだ。それを証明するために、お前を殺す」


 真っ直ぐに睨む彼は、本気だった。多分、容赦なんて無しで殺しにかかって来る。


(どうしたものか……)


 そんな時、ルノスに救いの手が伸びた。

 いや、正確にはドナテロの気まぐれだったが。


「ああそうだ。オレとしても不本意な事この上ないが、今回の一騎打ち——魔王候補同士だからな、呪文はなしだ」


(それは僥倖)


 もっとも、ヴォルゼイオスはかなり悔しそうだ。

 だが、ある意味当然な流れだった。将来魔王になる可能性があると言うのに、教授である彼がその可能性を潰させるなんてあってはならない。


 生徒同士ならいざ知らず、少なくとも多くの目があるこの場では今の発言は必要なものだった。


「それじゃあ……はじめ!」


 楽しそうに笑いながらドナテロが試合のゴングを言った鳴らした

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