入学編—スティン失踪6


 コツコツコツ、と暗然たる経路を歩く二名の生徒。一人は黒髪オッドアイの少年、もう一人は黒髪黒目で監督生の腕章をつけている青年だった。

 ここはウルテイオの地下、すなわち校内とは別格の本物の迷宮だ。迷宮が作り出す罠に魔法生命、自然による脅威が探索者達を襲い掛かる地獄だった。


 通常では一年生が容易に足を踏み入れる場でも無いのだが……今回は別だった。ルノスにはロイマスというウルテイオでも上位に位置する大魔法使いが居るのだから。


「スティン・プープラは何処まで連れて行かれたのですか?」

「おれの鼻が鈍ってなければ3階層の……隠れ部屋か?」


 ウルテイオの地下は迷宮だが、1階層から5階層まではただの迷路みたいなものだ。罠も比較的少ないし、魔法生命だって決して多くない。仮に現れたとして、ルノスだけで対処は可能だった。


 たった今ロイマスが気になったのは恐らく3階層に人を隠せるような場所がない、というものだろう。


(まあ隠し部屋ならあっても不思議じゃない)


 様子を確認するにどうやら隣の監督生も同じ考えのようだ。


「スパーダ……おまえは何かの格闘技でも習っていたのか?」

「いえ、そういう訳では……そう見えますか?」


 ふと、そう聞かれた。


「そうか……外したか。おまえの歩き方や佇まいは素人のそれとは違ったからな。急襲を受けても対応できるよう常に警戒しているように見えた」

「…………」


 この時、素直に感心した。ロイマスの言ったことは的外れではないからだ。

 本人は「眼力が鈍ったか?」と悔しそうだが、実際にルノスの動きは今の指摘通りだった。


「実は昔に古い本で見た歩行方法や構えなんかを真似ていた時期があったんですよ。ほら、子供なんかは良くやるでしょう? それが今も身に染みているんです」

「ほう? それは良かったじゃないか。お陰でおまえは格闘技の達人に見えるぞ。古い本だったか、題名は?」

「それが知らないんですよ。何せ表紙の大部分は削れてしまっていたので……しかもその本は一緒に暮らしていたおばさんが捨ててしまいました」

「ふむ……少し残念だな。気になっていたのだが……」


 嘘ではなさそうだ。ロイマスは落胆したように言葉を返した。

 

「さて、個人的な話はここまでにしておこう。ニオイが近い……もう着くぞ」

「……はい」


 さすがは高学年だった。迷路に迷う事はなく、罠だって避けている。進む道はすべて正しくなるようにルノスを導いた。

 そうして、二人が足を止めたのは岩の壁の前。何の変哲もないただの壁——。


「スパーダ、わかるか?」

「この壁には何らかの呪文が施されていますね」

「ああ、隠蔽呪文だな。この規模なら3年からは皆操れる」


 わずかな違和感を彼らは逃さない。仮にも魔王候補なのだから、小細工など通用しないのだ。


「ですが隠蔽呪文を破るには——」

「そうだな。少々面倒だ。だからこうしよう」


 すかさず魔法剣を引き抜くと張りのある声でロイマスは唱える。


砕け散れフラトス


 瞬間——瓦解する岩壁。一箇所が崩れると、その一部からの余勢で残り全てが崩れ落ちた。

 ルノスに当たりそうな岩なんかはロイマスが呪文で操作して避けてくれている。

 に、してもだ……


「あの、こういうのは予め説明してくれた方が助かるのですが」

「ん? ああ、安心しろ。おれが居るのだからおまえに傷はつかない」


 ————そういう問題じゃない。

 などとは口にしなかった。恐らくロイマスは時間短縮の善意で行ってくれたのだろう。これは偏見だが、そもそもこの人には恐怖の感情が無さそうだ。

 『魔法学校なのだから、大抵のことでは恐怖や驚愕はしないだろう』

 なんて事を考えていそうだ。


「まあ何にしても、おまえの仲間は居るぞ。この中に」


 はい、とルノスは崩れた岩壁の先を進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る