入学編—スティン失踪7


「うぅ……」


 何かにのしかかられるような、ドッと重たい体の煩わしさを感じて少年が目を覚ました。


「どこ……?」


 しかし目覚めたのは見覚えのない場所だった。冷たい床に放り投げられたからか、身体が痛い。

 そのままボヤける視界でぐるりと一周して回ると、


「……ッ!」


 己が縛られていることに気づいた。それを皮切りにボヤけた視界は元に戻り、辺りの情景を観察しだす。

 

「ひッ——!?」


 スティンが小さく悲鳴をあげた。視線は一点に注がれ、その先では——解剖途中のような、腹部をガッパリと開かれた魔法動物が磔にされていたのだ。

 臓器が動いている上に血が固まっていない。最近、いやもしかしたらスティンが眠っている間に行われたのかもしれない。

 そう考えると、ぞわりと背筋に悪寒が走った。


 呼吸を整えよう、と瀕死の魔法動物から勢いよく顔を逸らすと——次には。


「————」


 紫に変色した脚が見えた。

 魔法生命ではない。あれは正真正銘、人のものだ。

 床に寝転がるスティンの位置からは雑にテーブルに乗せられた人間の全体は見れないが、間違いなく人のものだった。なにより、そう確信される根拠がある。

 それはつまり————制服だ。あの紫に変色した肌の人間の制服にはところどころオレンジが垣間見えていた。


 恐れて青白くなったスティンと同じ日の寮アテス生だ。学年は不明だが、これほどまでに恐ろしい思いは生まれて初めてだった。



「うッ——!」


 嗚咽しながら、胃の奥底から吐瀉物が喉元までせり上がってきそうだった。過呼吸になりつつあるスティンは硬く目を閉じる。

 このまま寝てしまいたい、そんな思いが脳裏を駆け巡るが現実は非情だ。


「助……ケテ……」

「————ッ!」


 頼りのない蚊のような細い細い声が更に遠いところから聞こえてきた。

 普段なら絶対に気づかないような、小さな声だ。


 だというのに、気づいてしまった。磔にされた魔法動物が自分を見ていることに。

 そうして遂につぶらな目を見返すと、魔法動物の口がかすかに動いた。


「助ケ……テ」

「そ、そんな……無理だよ。だって僕も……」


 ああなるんだから。と、紫に変色した日の寮アテス生を思い出した。

 「うゥゥ!」とうめき声を抑え込んだ、その時——


「やっと目覚めたんだね」


 声音一つ変えないで、何処からともなくルーデウッドが現れたのだ。


「あ——」


 同時にスティンはこの状況になった元凶がルーデウッドである事を回顧する。血に塗れた魔法動物に加えて悲惨に弄られた生徒、これらの要素でルーデウッドの存在を完全に忘れてしまっていた。

 しかしそれがなんだって言うんだ。

 少年の中にあるのは憎悪ではない。これから自分もああなるという恐怖のみだった。


「いやぁにしても、この小鬼ゴブリンは凄い生命力だよ。腹を裂いて幾つかの臓器をもぎ取ってもまだ生きてるどころか、会話もできるなんて。君もそう思わないかい?」

「…………」

「あれ? 君はそれどころじゃないか。まあそうだよね。これから実験台になるんだから」

「…………」

「うーん。そうだな、じゃあ魔道を進む先輩って事でこれから君にすることを教えておこうか」

「…………」

「まあ詳しくは考えてないんだけどね。でもまずは無痛呪文をかけて君の身体をバラそうかな? あぁ安心して。血は止めておくから死なないよ。その後は……あ、やっぱり今のは嘘だ。バラすのはやめて、君の臓器を魔法動物のと取り替えてみよう。結果は予想できるけど実際に自分の目で確かめたい。ちょうど良いのがいるしね」


 もはや反応はできない。縛られている痛みだって無くなった。それどころか聴覚だって消えたような気がする。


 ————ああ……僕……ここで死ぬんだ……。

 徐々に耳に入る音が遠くなり……途端。

 ドゴォ!


「————ッ!」

「な、なんだ!?」


 何かが崩れるような音がルーデウッドの隠し部屋に響く。

 感情のなくなった瞳で、その先に視線を向けたスティン。やがて、大きく見開かれた。


「……ルノス君」

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