入学編—スティン失踪5


 しばらく休んだスティンに、金髪の青年が言う。


「それでプープラ君。相談ってなんだい?」

「あっ。その……魔法の樹木エグドル魔源マナを注ぐコツを教えてほしくて……」

魔法の樹木エグドル?」


 頭上に「?」を浮かべながらルーデウッドは小首を傾げた。

 しかしそれも一瞬——すぐに合点がいき微笑むと、懐かしむように風に揺れる草原を見つめた。


「一年生の頃にボクもやったなぁ……あぁ、ごめんごめん。コツだったっけ?」

「そうですけど……ダグナー先輩の時も同じ事をしたんですか?」

「うん、そうだね。魔法の樹木エグドルは新入生の最初の試練として有名。恒例行事みたいなもんさ」


 ————ウルテイオに来た者はみんなやらされるくらいだからね。

 そう付け加えた彼はスティンに視線を戻した。


「コツはね、全ての魔法に言えることだけど“イメージ”だよ」

「イメージ……」


 ルノスと同じ事を言っていた。

 それが相まってルーデウッドの言葉を信用するのに迷いはない。だけど、


「実は友人にも同じ事を言われました。でも僕……イメージが出来なくて」

「そうだな——ボクはまだ君と出会って間もないけど、多分君は変なところで生真面目な気がするよ」

「生真面目?」


 まあボクも人のことは言えてなかったんだけどね、とルーデウッドは照れ臭そうに人差し指で頬をかくと続ける。


「イメージっていってもね、そんな本物に拘らなくていい。つまり、自分流で良いってことさ」


 元々ない頭脳を全稼働させてもなお、未だピンときていないスティンにルーデウッドは己の語彙力を恨みそうになった。


「うーん。ボクが言いたいのはね、自分だけのイメージでいいってことだよ。実際はどうとか関係なくさ……自分の呪文が魔法こうなるって思うことが大切なんだよ」

「…………」


 腑に落ちた。スティンはずっとベルトリアやローズリア、ルノスの成功例をイメージしていたのだが、彼らには皆、初めから己だけのイメージがあったのだ。

 スティンはルノスの言葉を履き違えていた。彼のしたイメージは、魔法の樹木エグドルの枝に緑が生い茂る光景そのもの。だけどイメージに求められていたのは結果ではなく過程だった。


 何処から新たな枝が生えて分かれるのか、葉が生える位置は、色は深緑か黄緑か?

 そんな細かい想像と魔源マナ量さえ上手くしていればスティンも成功していたかもしれない。

 もっとも、今更な話だが……。


「なるほど、僕わかった気がします!」

「おぉ! それは良かった! そうかそうかボクも五年生にしてやっと先輩らしい事ができて誇らしいよ!」


 高く飛ぶように立ち上がった小柄な少年。彼の顔は太陽のように爛々と輝いている。


「ダグナー先輩! 僕、魔法実験室に行ってきます」

「え? まさか魔法の樹木エグドルを取りに行くのかい?」

「はい! 今すぐにでも実践したいんです」


 行動力が高い一年生だな、と内心でルーデウッドは思いつつ……重そうに腰を持ち上げた。


「じゃあボクももうそろそろ実践しようかな」

「何の話ですか?」


 制服を叩いて汚れを落とす青年にそう問うた。

 しかし彼は何も答えなかった。ちょうど立ち上がった位置が悪く表情すら窺えない。


「……ああ、ごめんね。ちょっと予定が早まりそうだからさ」

「えっと……何処かに行くんですか?」


 目の前の先輩が何を言っているのか理解できない。しかし、何故だろう? スティンは嫌な予感を抱いていた。


「うん。これから迷宮に構えてる隠れ場に、ね————スティン・プープラ。君を連れて」

「へ——?」


 刹那。迸る閃光が少年に降りかかった。


「大丈夫、君は我が魔道の礎になれるのだから」


 

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