入学編—スティン失踪4


 時は遡り、魔法道具実験が終了した頃。


「ごめん。ちょっと体調が悪くなってきたから寮に戻るね」

「……ああ、ゆっくり休むといい。いきなり環境が変わって疲れてるだろうしな」

「そうですわね。スティンさん、無理はなさらないで今日のところはごゆっくりお休みください」

「ありがとう、二人とも」


 気を遣われる自分自身を情けなく感じながらも、スティンはその場から逃げ出すように去った。

 いや……逃げ出したのだ。これ以上、二人に迷惑をかけたくなった。恥ずかしい自分を見て欲しくなかったから。


 ————最低だ。


 角を曲がってすぐに意味もなく走り出した。そうしたら今の気持ちも少しは晴れた。

 そのまま学校を出て、日の寮アテスへ向かおうとした——途端。


「むごッ——!?」

「うわっ!?」


 スティンの頭部が見知らぬ生徒の胸元に突っ込まれた。その衝撃で人を押し倒したような形になった少年は赤くなった額を摩りながら起き上がる。


「いてて……はっ!? ご、ごめんなさい僕……」

「あははは。いやー今年の一年生は元気だなぁ」


 少年に続いて起き上がった白い制服の男は——月の寮ルナ生だった。

 びくりと魔法実験室で嗤われた嫌な記憶を思い出しながら、僅かに残った理性で言葉を発する。


「ほ、本当にごめんなさい。まさか人がいるとは……」

「そんなに必死にならなくても怒ったりしないさ。それよりどうしたんだい? 走ってるってことは急いでいたんだろう?」

「それは——ッ!」


 ちらつくベルトリアの死んだ瞳。もはやスティンにとってはトラウマに近かった。

 そんな様子を見て何かを察したような月の寮ルナ生の男が口を開く。


「ボクはルーデウッド。ルーデウッド・ダグナーっていうんだ。こんなにヒョロヒョロだけど、五年生だから一年生君達よりは腕の自信はあるよ」


 ニコッ。そんな効果音が似合う笑顔だった。

 金髪に金の瞳、関係はないだろうが今のルーデウッドは輝いて見える。予想外の対応に呆然として、スティンは名乗っていないのに気づいた。


「僕はスティン・プープラ。一年生の……その、日の寮アテスです」

「うん。よろしくね。それでどうかしたのかい? ボクで良ければ相談に乗るけど……」


 優しい声音だった。ずっとうるさかった心臓の音が落ち着くような、柔らかい声。

 そうしていると脳が冷静になり、先輩である彼に相談したくなった。


「なら少しだけ……聞いてくれますか?」

「もちろんさ! これでもボクは聞き上手って定評なんだ」


 軽くジョークを飛ばしてからルーデウッドは「話すのにいい場所があるんだ」と歩き出した。

 辿り着いたのは広大なウルテイオの土地の一部、草原エリア。

 一部とはいっても地平線の向こうまで黄緑一色の大範囲だった。


「凄い……以前に来た時は暗かったので初めて見たような気分です」

「それは良かった。ここはボクのお気に入りの場所でね。そよぐ風が気持ちいいんだ」


 そんな言葉にスティンは先輩の前なのも忘れて寝っ転がった。高級マッサージ店に来ても、これほど心地良くはないだろう。

 そんなくだらない事を考えながら、太陽の温かさと風の涼しさを享受していた。


「プープラ君も気に入ってくれたようだね」


 だらしのないスティンを微笑ましく見ていた金髪の青年が隣に座りながら息を吐いた。

 

「ダグナー先輩は……どうして僕に構うんですか? 日の寮アテスなのに」

「どうしてって言われてもね。可愛い後輩なんだから心配くらいするさ。寮とかは関係ないよ」


 即答するルーデウッド。

 やはり五年生ともなれば大人になるのだろうか? という疑問を胸にスティンはゆっくりと休んだ。

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