俺が笑って——まで。〜魔王候補として入学したが、にしても他の魔法使いが弱すぎる〜

砂糖しゅん

ウルテイオ魔法大学校入学編

 プロローグ〜ウルテイオ魔法大学校からの招待状〜


 いつもと同じように、家のポストを調べた時のことだ。


(手紙……?)


 黒髪の右黒左緑オッドアイの少年ルノスは一通の手紙に気づいた。

 普段は新聞ばかりなので、少々意外に思いながらもジロリと眺めていると、


(ウルテイオ魔法大学校から……)


 その手紙に書かれた「ルノス・スパーダ」の文字。己の住む家にルノスの名を持つのは自分しかいない。

 となるとこの手紙の行先は。


「オレしかいない、か」


 ならば躊躇う必要もない。

 内容を確認したい一心で包装を雑に破ると直ぐに文字を確認する。


『親愛なる未来の魔王へ。ウルテイオ魔法大学校一同は汝を勧誘する。偉大なるその力、その異能、その魔法、その剣技。一切合切を極めたいのならば、翌朝九時、ウルテイオへ来られたし』


「は、はは」


 乾いた声を上げながら内心では狂喜乱舞だった。何せ、あのウルテイオからの招待状。誰でも送られるものではないのだ。

 だと言うのに、なぜ自分に送られたのか?

 理由は一つしかない。


(まずはおじさんとおばさんに報告しないと)


 とはいえ、出来るだけ顔も合わせたくない仲だ。毎日、食事をとる時以外は視界にすら入らないように配慮しているくらいなのだから、当然正面きって話し合うなど胃がもたれてしまう。

 しかし今回はそうもいかない。


「さすがに無断で行くわけにもいかない……」


 嫌なことは早めに済ませるのが吉だ。

 ルノスは早速、家に入ると真っ直ぐに丸テーブルへと向かった。そこに居たのは楽しそうに談笑する中年の男女。

 しかし彼が来たと認識した途端ピタリと口を閉ざした。


(いつもと同じだな)


 そう、いつもと同じだ。テーブルにはスープやパンなどの朝食と一つだけ空いた椅子があり、ルノス分など置いていない。まあ住ませてもらって立場なので文句も言えない訳だが……


(毎日毎日、勝手にご飯もらって悪いねおばさん)


 どうせスープやパンは余っている。

 台所に行き、自分の分を取りテーブルへと戻る。二人は相変わらず無言で、視線は食べ物に向いていた。コチラを向くなんて死んでも御免だとでも言いたげだ。


(別にオレの事なんて気にしないで話してたら良いのに)


 そんな事を思いながらも、今日は話さなければならない事がある。

 ウルテイオ魔法大学校のことだ。

 出来るだけ関わらないようにしている二人には悪いが、今日だけは自分の言葉を聞いてもらう。


 ルノスは意を決して、口を開いた。


「おじさん、おばさん。聞いてもらいたいことがあるんだ」

「…………」


 しかしそんな決意をつゆ知らず。二人は無言でパンを口に運んでいた。

 今更ピュアに傷ついたりはしないが、こうした対応を見てしまうと自分がいかに嫌われているのか思い知らされる。

 まあいいさ。寮制度のウルテイオに行けば、こんな生活ともおさらばだ。


「今朝、ウルテイオ魔法大学校から招待状が届いたんだ」

「…………っ」


 二人は反応しないようにしたのかもしれないが、明らかに動揺していた。やはりウルテイオからの勧誘というのは、稀にある珍しいことなのだ。


「そうか。いつ行く?」

「……翌朝九時に来いってさ。だから深夜に家を出るよ」

「そう、頑張りなさい」


(思ってもいないくせに)


 家から邪魔者が消えるのがよっぽど嬉しいか。おじさんとおばさんの顔は中年らしく皺が増えた、なんて言葉じゃ表せないほどに歪んでいた。


 ウルテイオ魔法大学校は世界で一番の魔法学校だ。それ故に生徒達への負担は大きくなる。

 例えば、今回勧誘があった入学試験。これは最初にある程度の魔法知識を問われ、次の実技試験では同じ入学希望者と二人きりの空間に閉じ込められる。それからどちらかが降参か戦いを強いられることになる。

 それで試験に受かったとしても、肝心の学校生活で命を落とす可能性は大だ。留年を考えないなら最低でも七年間はウルテイオに閉じ込められる。


 長々と語ったが、要は嬉しいのだ。

 おじさんとおばさんこの二人は

 だって邪魔者のルノスが自ら死にに行くのだ。仮に試験で死ななくとも七年間は学校で過ごすのだから、その中でどうせ死ぬ。とでも思っているのではないだろうか。


(いいさ。オレには目的があるんだ。この家の居心地は最低だが、魔を学ぶ立場からすれば天国だったし……二人には感謝してる)


 廃れた家計とはいえ、この家の先祖は魔法使いであった。その類の書物などはあったし、暇な思いをすることはなかった。

 だから不遇な扱いだったとしても、二人に感謝はしているのだ。





 夜。

 体を清めたルノスは全裸で鏡の前を立っていた。別に筋肉質な自分の体が美しい、だなんて見惚れているナルシストではない。断じて。


 ただ、何となく見ておきたいものはあった。

 鏡に背を向けるために振り返る。そうすると当然、十五歳の年相応に綺麗な背が反射されるが——。


(よし。今日も消えていない)


 確認したかったのは自分の背中に浮かんでいる紋様だった。黒く塗られた紋様こそは、魔王候補としての証だ。

 恐らく、ウルテイオからの勧誘もこれが原因。まさか魔法大学校が、みすみす魔王候補を逃すなどあり得ない。


(何より今代の魔王候補には“本物”が紛れ込んでいるとの噂がある)


 尚更逃す手はない。

 今年からのウルテイオは大変そうだ。魔王候補の確保に、それの身体と等しい価値がある七魔候補の確保。

 本当に忙しそうだった。


(いや、ウルテイオを心配できるほど今のオレに余裕はないか)


 魔王の紋様も確認したし、あとは身支度を整えて家を出るだけだ。

 この家から学校までの距離が遠いが、深夜バスを使えば間に合う。


 ふぅ、と息を吐いてルノスは家を出た。


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