入学編—魔法史学2


 講義室に入ると、数十名かの生徒が席に座っていた。端っこの方にはヴォルゼイオスも座っていて——こちらに気づくと鋭い瞳で睨んだ。


「およ? なーんだここまで来れたんだ! 座って座って」


 どうやら魔法史学の教授はフレンドリーなタイプだった。


(おっと、これ以上講義を止めるのも迷惑だ)


 一番近くの席に急いで座ると、それを確認した教授は再び口を開く。

 しかし彼女の話を横に座るスティンは集中して聞けていない。だが、理由は推測できた。


 魔法史学の教鞭を執る教授——ピークは人間ではない。種族は精霊という、手のひらサイズの小さな人間とでも表すべきだろうか。

 ここ、ウルテイオでは……否。魔法界において人間以外の立場が低いにも関わらず、彼女は教授として人間に並んでいるもの珍しい生き物だった。


 人間界から来たスティンには信じられない生物だろう。


「はーい、じゃあ次は魔法使いにとっては憧れでもある“魔の霊宝”について話しまーす!」


 ふと、耳に意識を向けると新たな話題に突入しようとしていた。

 ピークの話に集中できていないのはルノスだったようだ。


「皆んなも、魔の霊宝って名前は聞いたことあるかもね。なんなら昨日にでも見た人は居るんじゃないかな?」


 彼女は大袈裟な素振りをしながら、ピン、と人差し指を立てる。


ウルテイオうちだと宝館に一つ、ソロモンの指輪っていうものがあるんだけど……でもキミ達が知りたいのは別の物だよね?」


 小悪魔的な笑みで彼女は笑う。まるで悪戯好きな子供のようだった。

 しかし、ともルノスは思う。確かに彼女の言葉通りここにいる生徒が知りたいのは、アレなのだろうと。


「魔の霊宝には“禁忌書門グリモワール”っていう九つの遺産がありまーす! でも今はもう世界の何処にあるのかも不明だから伝説だって言う人も増えてるけどねー! ははは!」


 禁忌書門グリモワールだけではない。魔の霊宝に選ばれた多くが行方知らず。もはや伝説の代物だ。しかし……何かの手違いで手にしたならば、きっとソイツは偉大な魔法使いすらも嫉妬させるに違いない。


「でもま、長生きしてるピークちゃんが断言するけどね——あるよ、禁忌書門グリモワール


 無邪気な表情とは一転、シリアスに断言したピークはルノスが瞬きをした間にはまた無邪気に笑っていた。

 

(ある、ね。まあ貴方ならそう言うでしょうね。1000年以上も前から生きている精霊なんだから)


 もともと禁忌書門グリモワールは魔王の物だった。それが死んで、散り散りになったのだ。

 かつて魔王戦争があったのは、今から約600年前。そりゃあ実際に見たのだろう、彼女は。


禁忌書門グリモワールの居場所はピークちゃんにも分からない。でも、もしキミ達が一番の魔法使いになりたいのなら手っ取り早いのは禁忌書門グリモワールを発見することだよ。それくらい規格外の能力を宿しているんだから」


 馬鹿げた話だ。どんなに努力しようと、伝説の魔法道具を手にすれば天才すらも凌げるなんて。

 でも、だからこそ、天才などそう居ない世の中では魔の霊宝は強く求められる。


(しかし——)


「でもね、欲に溺れて盲目にはならないこと。ピークちゃんはね、今まで数えきれないくらいそういう人を見てきたの」


 悲痛な雰囲気を醸し出すピーク。

 その言葉に嘘偽りはなく、ただ純粋に生徒を心配しているのが伝わってきた。


「多分今のキミ達にはピークちゃんが何言ってるのか分からないだろうから、今の言葉は頭の片隅にでも置いておいてね」


 気を取り直したのか、再度明るく振る舞う小さな精霊。

 パン! と一度手を合わせると、講義室の横に保管されている古い書物が本棚から飛び出した。それがそれぞれ机の上に置かれると彼女は言う。


「今配ったのは魔の霊宝についての本だよ! 難しい事とか書いてるけど今回は今説明した禁忌書門グリモワールのページだけでいいから——じゃあ各自、講義終わるまでじっくり見てください!」


 生徒達の本をめくる音が鳴り出した。以前のルノスならば、同じように凝視しただろうが……生憎、魔の霊宝については既に記憶済み。今更本を開く必要すらなかった。

 そして、彼と同じ考えなのは勤勉な魔法貴族や一部の一般生徒もだった。実際、ローズリアは退屈そうだった。


 ただ、


「んん? どういう意味だろう?」


 隣に座る少年はそうではなかった。

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