入学編—魔法史学1


 魔法史学の第3講義室まで歩くと、必然と言うべきか、そこにあったのは図書館だった。本来の場所——が実際は何処なのか今となっては不明だが、少なくとも訓練場に行った時はここに第3講義室があったのは事実だ。


「どうしよう……」

「こうなってしまっては大人しく探し回るしかないでしょう」


 その通りだ。先輩なんかのウルテイオに順応していった者達は経験則や感覚から何処にどう移動しているのかが分かるらしいが、入学したての彼らに同じ芸当が出来ようはずもない。

 つまり……歩いて探すしかない。非常に残念な事実だが、現状の魔法界には数多く存在する講義室の一つを特定して見つけ出せる魔法などない。だから、ただひたすらに歩き回るのだ。


(講義には遅れるだろうが、校内を探索できる良い機会かもしれない)


「まあスティンさんには……いいえ。わたくし達にとっても良い機会でしょうし、焦ることはありませんわ」

「そうだね……でも大丈夫かな?」

「何がですの?」


 スティンが言いたいのは、講義に遅れること——ではなく、こうしてぶらぶら歩いている事なのだろう。


「ほら、この学校って命も奪っていいらしいし……こんなに堂々と歩いてたら先輩とか教授とかに殺されちゃうんじゃないかって」


 当たり前の疑問だった。しかし、ウルテイオは単なる無法地帯ではないのだ。

 所謂、暗黙の了解ってのがある。


「殺しても罪に問われないのは確かだ」

「——ッじゃあ!」

「でも君は今朝に死体とか血を見たか?」

「……いや」


 もっともそれを処理する清掃係が働いているのだが、それでも血気盛んな若者達の血肉を片付けるのには時間を要する。

 間に合わない時だって珍しくない。


「スティンは『不死の旅人』という童話を知っているか?」

「……うん。暇な時に沢山本を渡されて」

「そうか……ならば無法の国の話も知っているだろう。ウルテイオの現状はそれに酷似している」


 不死の旅人。魔法使いが子供の間に読まされる一番人気の童話だ。しかし内容は凄惨で、いかにも魔法使いらしいといえる。

 ルノスが口にした「無法の国」とは粗方の法律が消え去った国に行く話で、そこでは人殺しも罪に問われない。


 だがその実態は、国だった。正確にはというものだ。

 何も知らずに誰かを殺して仕舞えば、そこで生活する市民達が総力を上げてソイツを殺しにかかる。殺したら殺される……それが無法の国の実態だったのだ。


「ウルテイオでも同じだよ。例えば今朝、食堂で先輩がオレを殺そうとしたと仮定しよう」


 ——そうなった場合、まず今朝なのだから人は溢れかえっている。当然多くの目につくだろうし、それを見た皆んなはいつか自分も同じ目に合わないために団結してオレに襲いかかった先輩を退治するんだ。


 少し語って、息を吐いた。

 するとスティンが安心したように言う。


「そう、なんだ……じゃあ結局僕達が死ぬって事はないんだね」

「いや、それがそうでも無い」


 ウルテイオにはまだ続きがある

 確かに、今の話だけでは安堵するほかないだろう。でも先の例はあくまでもでありであることを仮定としていた。


「深夜になれば人は少なくなるし、迷宮だって活発になる。今の例え話だって、食堂でなければオレは死んでいる可能性がある」

「————」


 少し怯えさせすぎですわ、とでも言いたげな様子が横を歩くローズリアからヒシヒシ感じる。

 実際その通りだが、どうもルノスはこの手の話をオブラートに包まないタチだ。


 フォローしてやってくれ。

 そんな願いを込めて見つめ返すと、彼女は若干のため息を吐いた。


「いいですか、スティンさん。襲われるって言っても確率的には低いのですから胸を張っていれば良いんですの。そんな怯えていては餌と間違えられますわ」

「ご、ごめん。ちょっと怖かったんだ」


 ま、確率的に低いのは実際に襲われたかの断定が不可能だから低くされているのであって、死者や行方不明者の仲間になる確率はとんでもないくらいに高いっていうのは有名な話——と口を開こうとしたルノスは流石に自重した。

 

(もし言ってたらローズリアに叩かれてたかもな……)


 ただでさえ、スティンを怖がらせた事に呆れていたのだから。

 ちょうどその時、近くから高い声が聞こえた。


「見つかったな」

「ええ、良かったですわ」

「え? 着いたの?」


 魔法史学の講義室に運良く辿り着いたルノスはそれとは別に、一安心した。

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