入学編—格闘魔法訓練6


 誰もが予想を外したルノスの勝利によって、日の寮アテスは活気に満ち満ちた。逆に月の寮ルナ——特にヴォルゼイオスなんかは遠目でも落ち込んでいるのが明らかだ。

 とにかく、初回にして既に彼らの訓練は天国と地獄に隔てられた。


(やっとこの空気から解放される)


 しかしそんな時間も終わりを告げようとしていた。ドナテロが怒鳴ったのだ。


「おし、今日はここまでだ! 各自次の行動に移れ!」


 剣で打ち合っていた生徒達は一斉に動きを止めると、魔法剣を鞘に納めた。

 それはスティンも同様で、話をしたいと次にドナテロへ視線を戻した頃には彼はそそくさと消えていた。


(用事があったのか……生徒なんかとは話したくないか)


 どちらにしろ消えた教授を探し出すなど途轍もない時間が必要になる。次の講義まで時間は少ないし、魔法史学に遅れたくはない。

 こちらも行動は早めるべきだ。


「スティン。すぐに講義室に向かおうか」

「うん、そうだね……遅刻なんてしたくないし」


 二人が今の会話を行っている間に、半数以上が訓練場から立ち去っていた。どうやら他の生徒もルノスと同じ考えのようだ。

 オレ達も即刻行かなければ、とローズリアを探すため周囲を注視すると————たった一人の男がこちらを睨め付けているのに気づいた。


「…………やあ、ヴォルゼイオス・ウルガータ。何かようかい?」

「言っておくが、俺はまだ負けていないぞ……! 次は魔法もありの勝負だ、受けろ!」


 相当根に持っているらしい。が、そんなの知ったこっちゃない。いちいち付き合うなんて馬鹿らしいし、むしろ己の敗北すらも理解できない低知能な猿がキーキー鳴くな——とでも言って罵りたいが、彼の立場は平民ながらわかっているのだ。

 負けを認められないのも、単純に培ってきた魔王候補の誇りがあるのも、ルノスには理解できる。

 だから……本当ならここでもう一戦、というのも青春の一つなのだろう。

 しかし、


「悪いが戦うのは好きじゃない。それに次は魔法史学だ。個人的に遅れたくはないな」

「所詮初回だ。教授だって、俺達が既知しているものしか話さない」

「だとしてもだ。案外、ポツリと貴重な歴史を漏らすかもしれないだろ? 何せあの教授は1000年以上前からご壮健だ」

「…………」


 チッ! と舌打ちしたヴォルゼイオスは内心で考える。

 ——コイツに戦う気がないなら、無理矢理にでも引き出すか?

 

 ウルテイオでは殺人ですら許容される。であれば、戦いたい一心で襲ったとしてお咎めなど当然ない。

 ならばここで再度剣を向けようと、スティンを人質にとろうと、それは彼の自由であり何者にも止める権利はないのだ。


 やるか————と、指針を固めたウルガータの悪童。しかし、彼が行動を移す前に横槍が入った。


「見苦しいですわよ、ゼイオス?」

「お前は……チッ! リアかよ」


 え? という声が隣——スティンから聞こえた。だがこれに関してはルノスもほぼ同じ反応を示した。

 ヴォルゼイオスとローズリアは知り合いの様子。それは不思議ではない。魔法貴族なのだから、対話の一回くらいは経験済みのはずだ。


 問題は、その二人が民主主義ペクシー貴族至上主義ウルガータであること。何より……


(親げだ。相反する二貴族が)


 愛称で呼び合う二人をどうして不仲と宣えるか。確実に仲は良好——いや、ヴォルゼイオスは少し顔を顰めている。でも別に不愉快では無いだろう。彼の性格上、嫌なことは嫌だとはっきりしているタイプなのだから。


「ローズリア、君は彼と親しいのか? 実は許嫁とか?」


 考える限りではそれが一番可能性が高い。しかし返ってきたのはYESではなく、NOだった。


「いいえ。ただわたくし達が仲良しなだけですわ」

「嘘つくなよ! 仲なんて良くねぇし、こうして口を開いたのだって久しぶりだろうが!?」


 なるほど。少し見えてきた。

 ただ、二人は本当に仲が良いだけなのだ。まあ本人達は、ヴォルゼイオスなんかは絶対に認めないだろうが。


「と、とにかく! ルノス・スパーダ、お前にはまた今度戦ってもらうぞ……!」

「あっ……」


 ローズリアの接近を許さないように、強く足音を立てながら出口へ歩く茶髪の少年。悲しそうな彼女の声は耳に入らなかったのか、振り返ることなく遂に居なくなった。


「彼に興味が湧いてきた。でも今は急ごうか」

「う、うん……そうだね。なんか圧倒されちゃったよ……ローズリアさんも行こう」


 スティンが言うが、彼女は少しの間固まっていた。


「あ、すみません」


 遅れていた分だけ走ると、ルノス達に並んで歩き始めた。

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