入学編—魔法史学3


 ?のマークを頭上に浮かばせたように、スティンは首を傾げた。


「分からないことは聞いてもいいんですのよ?」


 ルノスも声をかけようとは考えていたが、ローズリアの方が一歩早かった。まあ己の手で教えたい訳でもあるまいし、問題はない。

 しかしやる事が無いのも事実。

 だから、彼らの話を聞きながら「魔の霊宝一覧」という本を見る事にした。


禁忌書門グリモワールの継承者って書いてあるんだけど……何のことなのかな?」

「それでしたら——」


 同じページを開き、スティンが読んでいるであろう場所に目を移す。

 すると確かに継承者という単語はあった。


「九つの禁忌書門グリモワールは、元々魔王の物でしたの。彼はそれを身体の中に入れて、使用していた——」

「ちょ、ちょっと待って。身体に入れるってどういう……」

「封印に近い状態ですわ。禁忌書門グリモワールはおいそれと持ち出せるほど小さくありませんでしたし」


 そう、実物を知らぬが故に勘違いを起こす人がいるが禁忌書門グリモワールは本であり門でもある。人間だって簡単に覆えるくらい巨大なのだ。


「話を戻しますわよ? 身体に入れていた魔王はやがて死に、禁忌書門グリモワールは消えた——と、思われていましたが、ある時とある魔法使いの身に宿ったことが判明しましたの」


 そしてその魔法使いは禁忌書門グリモワールの一つを使用し、悪用した。だが、他の魔法使いが黙っている訳もなく……当然波乱状態に陥った。

 

「争いは長い間続きましたわ。相手は魔王の力を持つ魔法使いですから、例え魔法の才がなくとも強敵である事に変わりはありません」

「そ、そんな凄いなら……どうやって倒せば……」

「一人の魔法使いが死にかけたその時、覚醒したんですのよ。魔王の力に溺れた愚者と同じ、禁忌書門グリモワールの力に」


 それで正義を掲げる魔法使い達は気づいた。敵は手加減して一つの禁忌書門グリモワールを行使していたんじゃない。一つしか使えなかったのだ、と。


「そこからの流れはスムーズですわ。相手とこちらは同じ魔王の力を持つ、しかし片や一人、また片方には大勢の魔法使いが付いている」

「それで……勝った?」

「ええ。ですが、新たな問題も発生しましたわ」


 むしろ本題はここからだ。

 記録上残っている継承者達の名前を読みながらルノスが思った。


禁忌書門グリモワールの所有者が亡くなった場合、その禁忌書門グリモワールはどうなるのか、という問題です」

「そんなの魔王と同じじゃないの?」


 いいえ、と首を振ってローズリアが答える。


「魔王の力に溺れた愚者を殺したのは己の中の禁忌書門グリモワールの存在を感知したもう一人の魔法使いですわ」

「えっと……なんの関係が?」

「その魔法使いは愚者を殺してすぐ、体に違和感を覚え、確信したらしいですわ」


 ————愚者ヤツが使っていた禁忌書門グリモワールが体内に存在する!


(まったく迷惑な話だ)


 その男はその事実を伝えたのち、大勢の一般人に恐れられ、大勢の魔法使いに命を狙われた。最期こそ不明なものの、ロクな死に方はしていないはずだ。


「そ、そんな……凄いんだね。禁忌書門グリモワールって」

「当然でしょう。今や全ての魔法使いがそれを手にせんと世界中を回っているくらいですわ」

「じゃあさ、禁忌書門グリモワールは具体的に何ができるの?」

「————ッ!」


 まあ、普通は聞くだろう。ローズリアだって驚いている様子ではあるが、心の隅では予想していたはずだ。

 そして、それを答えることは出来ない。ローズリアも、ルノスも……。


(正確には——)


「分かりません……」

「え?」

「ですから、分かりません。決して意地悪ではなく、本当に分からないのです。ただ、規格外の魔法道具であることしか……」


 現状、禁忌書門グリモワールの真の力を知る者は魔王戦争の時代から現代まで生き延びている猛者だけだ。

 そして、古の魔法使い達は口を閉ざしたままだ。


「な、なんで。そんなに凄いのなら……」

禁忌書門グリモワールの力はスティンさん、貴方が想像しているよりも絶大なのですわ。だから、そんな危険な力を伝えて若き魔法使いの魔道を歪ませるマネ——世界は許しませんのよ」


 魔の霊宝に魅入られた者の末路は最悪だ。皆等しく行先は地獄である。

 と、そこで、スティンは否定した。


「で、でも! 隠しようがないよ。だって禁忌書門グリモワールは——」


 所有者の殺害で継承される。

 彼の言い分は理解できる。しかしまだ、ローズリアは所有者が天寿を全うした場合のことを口にしていない。


「自然死になった場合、どうなるのか。残念ながらそれは不明です。実際にそうなった人物が居たのかも分かりません」


 禁忌書門グリモワールの所有者となった時点で、ソイツの人生は終わったも同然だった。未来永劫、その命を狙われながら生きるしかないのだ。

 彼女の言葉通り、本当に天寿を全うする人間が居たのかは不明だ。しかし、


「ここ数百年。禁忌書門グリモワールに関する情報は一つもありませんわ」

「……ッ!」


 それが意味するのは、魔王の力の消滅だった。

 だが、何故だろう?

 もし仮に、自然死した人が居たとしよう。そうなった場合、かの霊宝は本当に消えてしまうのだろうか?

 いや、そんな訳がない。かの魔王の死因は未だ不明だが、何者かに殺されたのならその何者かが禁忌書門グリモワールの全てを引き継ぐはずだ。


 けれどそうはならなかった。となると、魔王の死因は自然死だった事になる。

 そして、愚者をはじめとした世界の魔法使いの身には確かに魔王の力が宿ったのだ。

 ——つまり自然死だった場合、ランダムに魔法使いの身に宿るということは証明済みだったのだ。


「あ! 皆んなもう時間になったよ! じゃあピークちゃん次の講義も頑張るから皆んなも来てねー!」


 時間が過ぎたのか、ピークは遠隔で全ての生徒に渡した本を浮かせると素早く本棚に戻していく。

 スティン辺りはまだ読み足りなかったのか「待っ——!」という声を漏らしていたが、時すでに遅し。ドナテロど同様に、ピークの姿は一瞬で掻き消えてしまった。


「…………」

「何もあの本を読めるのは今日だけじゃないさ」

「そ、そうですわよ! ほら、元気出しなさいな」


 二人の男女がしょぼくれた少年を慰めた。

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