入学編—試験3
相手側の教授も消え、遂に最悪の試験が始まろうとしていた。魔法使いの戦いにおいて最も大切といえる魔法剣は試験会場に置いてあったので、素手で殴り合えとは要求はしないようだ。
まあそれはそうだろう。魔法学校で魔法を使わせない訳がない。
(相手の力量が不明だとさすがに緊張するな……)
集中しようと息を吐いたルノスを見て、相手が口を開いた。
「おい貴様。見ない顔だな……まさか平民か?」
「……そういう君は貴族なのか?」
「ふん! 当たり前だろう。にしても俺は運がいい」
(まあ、言いたいことは分かるけどな)
相手の少年は魔法貴族との事だ。そりゃあ平民を見下すのも珍しくはない。
計12家の魔法貴族はその全てが幼い頃から英才教育が施される。つまり、どんな無能でも“そこそこの魔法使い”にはなれてしまうのだ。
(にしてもどこの家だ? 平民を見下しているのなら七つまでは絞れるが……)
魔法貴族だからといって、全員が平民を下に見ているということはない。
民主主義を貫く五つの貴族と、貴族至上主義の七つの貴族が存在するのだから、その五つの貴族までクソ貴族に混ぜるのは失礼というものだ。
「貴様には悪いが俺のために死んでもらう! いや、むしろ喜ぶべきだ! 将来最高の魔法使いになる俺の礎になれるんだからなぁ!!」
「随分とお喋りだな、君は。言っておくが……コッチもただでやられる気はないぞ」
「抜かせ平民風情がぁ!」
彼はそう言うと、魔法剣を持って走り出す。
(魔法は使わないのか? 動きは悪くないのは認めるが……)
————足りない。
まるで足りない。その程度では経験値だって得られない。
この程度が魔法貴族? 馬鹿な。
「——
ルノスの魔法剣の先から鋭い風が放たれた。
「うぉ!?」
たかたが低級な呪文で相手は足を止めて、剣を振るい反射的に呪文を弾く。
この呪文は剣先からナイフのように鋭い風を飛ばす
「や、やるじゃねぇか……平民のくせに」
「君もなかなかの動きだ。是非ともご教授願いたい」
「平民ごときが? ふざけるな! マームル家への侮辱と受け取るぞ!」
(冗談に決まっているだろう。こんな素人に毛が5本生えた程度の男に教わることはない)
マームル家の愚息はルノスと同じように魔法剣を向けると、これまた同じく
しかし、所詮は低級呪文。目で追える程度の速度でしか飛来せず、
(簡単に撃ち落とせる……!)
風の刃を撃ち落とすと、相手の隙を狙って走り出したルノス。
「——っ!」
こちらから近接戦闘に持ち込むとは考えていないような間抜けな顔を晒したマーマル。魔法剣で斬りかかり——冷や汗を流しながら受け止めた彼に、ルノスは内心で賛美した。
(腐っても魔法貴族か。体も鍛えているようだし、実戦経験が皆無なだけで磨けば光りそうだ)
しかし、呪文は苦手そうだった。先の風霊呪文。お世辞にもルノスと同威力とは言ってやれない。速度も鋭さも明らかに練度が低かった。
ならば、魔法戦に引き込むのが必勝の手。だが、
(コイツのフィールドで勝ってやる……!)
それは心の底に閉じ込めていた、闇の炎。マームルと剣を打ち合いながら、内心で思うのだ。
————オレはきっと……コイツを許せない。だから……悪いな。
「っやば——!」
バランスが崩れたマームルはハッと声を上げた。これは、あまりにも大きな隙だ。彼の注意が一瞬とはいえ——ルノスから外れてしまった。
「
「ガァハ————ッ!!」
その呪文にマームルの腹に穴が空いた。それから彼は倒れ、血を吐き、空いた穴を塞ぐように手を動かすと、叫ぶ。
「あ、ああ……あァァァァァああ!! は、腹が——グッ!」
「あまり大声をだすな、死にたいのか? 今ならまだ間に合うんだ————降参しろ」
「………………はァ?」
あってはならない事だ。貴族同士ならいざ知らず、まさか崇高なる魔法貴族が平民相手に降参など……。
苦痛か怒りか、わなわなと震えた彼は怒鳴った。
「ば、馬鹿にしているのか!? 俺に敗北を認めろって!? そんなこと許されるわけないだろう!?」
「そうか……それが君の選択か」
————残念だ。
「ひ、ひぃぃ! や、やめ……」
床に足を擦るようにして、涙を流しながら後退する男をオッドアイの少年は哀れるように見た。
それと同時に己にはまだ人としての心が残っている事も自覚する。
(そうか……死にたくないか。仕方ない)
嫌な役だな、と治癒呪文をマールムに唱える。
「え? お、お前なにを————ッッッッ!」
刹那——ルノスは彼の足に魔法剣を突き立てた。
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