入学編—入学式1
無事に実技試験にも合格し、帰りのバスに向かっている途中。
ルノスの前に、二人の少年が立ちはだかった。
「君は……」
「ひ、ひぃぃ——!」
そのうちの一人はつい先程実技試験の相手をする事になったマールスだった。そしてもう一人は恐らく……
「おいおい兄貴、さすがに情けないぜ?」
(顔立ちからまさかと思ったが、弟だったか)
しかし何の用だろうか?
マールス家は平民を見下しているし、まさか友達になりたいという訳でもなさそうだ。
何せ、ルノスが拷問した兄の方のマールスは初めて会話した時の事が嘘のように身を縮こまらせている。弟の方も自分を盾にするような兄にうんざりしてそうだ。
「はぁ〜。ま、いっか。お前か、
「喧嘩を売ったつもりはないよ。ただ、試験の内容通りに動いただけだ。君の兄に血を流させたのだって、文句があるのならウルテイオにしてくれ」
面倒ごとは勘弁してくれ。
第一、ここはウルテイオの敷地。争えば要らぬ注目を浴びてしまう。
「そんなのはどうでも良い。大事なのはお前が平民のくせに魔法貴族に楯突いたという事実だ」
「楯突いた? 悪いけど覚えがない。そもそも君らの言う、『平民』の微風程度で吹き飛ぶ貴族サマも貴族サマだよ」
——悔しいのは理解するが脆弱な己を恨め。
とは口にしなかった。そこまで吠えてしまえば、取り返しがつかない。
魔法貴族とはそれ程までに権力があるのだから。
(しかしマズイな。このままだと戦闘は避けられない)
平民同士ならば話は変わるが、相手が貴族ならば多少の無茶もウルテイオは見過ごすはず。どうしたものか、と考えたルノスに——救いの手が差した。
「楽しそうですわね。
「っ——お前は……!」
弟の方が声がした方向を睨む。
そこに居たのは。
(筆記試験の時のお嬢様か……)
銀髪のストレートパーマに翡翠の瞳。女性にしては高身長なお嬢様口調が特徴的だ。
ああいった口調の人と話したのはルノスとしても初めてだったのでよく記憶している。
「き、貴様は——ローズリア・ペクシー!」
「あら、知っていますの?」
「知っているも何も……」
(ペクシー……やはりあの子も貴族だったか。しかし予想以上にややこしくなりそうだ)
ペクシー家といえば、民主主義を貫く貴族の一つ。マールス家とは真逆の道を歩んでいる家系で、当然仲は最悪だ。
「ふふふっ。そうですわよね。
「…………」
「気まずそうな顔をしなくても
どうやら弟の名前はベタらしい。まあ今更知ったところで何もないが……。
「貴方方が平民を毛嫌いして居るのは知っています。しかし
「…………」
(なるほどな。つまり——これ以上オレにちょっかいを出すならペクシー家が黙っていない、ということか)
完全に空気と化したルノスは内心で安堵する。仮にローズリア・ペクシーが好戦的な性格であれば、無駄な被害を被ることになっていたからだ。
しかし、と眼前の貴族三名を見やる。
(いくらマールス家でもペクシー家相手では強く出れない。ああ……そうか、彼女が例の才女だったのか)
「ッチ! 兄貴、ここは撤退するぞ。今代のペクシーの女相手じゃあ分が悪すぎる」
「お、おう! おい平民、今回は運が良かったようだな!」
「オレとまた争いたいのなら決闘の手もあるが?」
「ひ——ひぃぃ!」
マールスの貴族は苛立ちながら立ち去った。これで一安心——ではなく、ルノスにはまだ別の問題が残っていた。
「貴方も災難ですわね。合格したっていうのに……」
「まったくだ。でも君が助けてくれたからね、ありがとう……ん? なんでオレが合格したって……」
「何言ってるんですの? 制服、手に持っているでしょう」
「ああ……」
そういえばそうだった。と、教授に渡された制服に視線を送る。ザ・魔法使いと言った外見だが、七つの寮によって基調色が変わっているのだ。
ルノスの場合は
そして、
「君も
「ええ、よろしくお願いしますわ。実を言うと貴方が
「なるほど」
(だからオレを守ったのか——いや、彼女は
「ところで、名前を教えてくれませんこと?
「オレはルノス・スパーダ。ただの平民だが、これでも魔王候補生として入学するんだ」
「——っ!」
可愛らしく瞳を丸めたローズリア。目線をルノスから制服へ移すと凝視した。
「本当ですわね。制服が魔王候補の特注品ですわ……」
「嘘なんてつかないさ」
「え、ええ。失礼しましたわ」
ローズリアはそう言うと歩き出した。それに並ぶようにコチラも足を進める。
「君もバス……ではないか」
「ええ。差別するつもりではありませんが、魔法貴族の中には平民を嫌う者が多いですの。だから多くの平民が乗るバスに乗車すれば後でうるさいのですわ」
特にマールスなんかはキャンキャン喚いてそうだ。
なんて思っているとローズリアが申し訳なさそうに謝ってくる。
「……不愉快なようでしたら謝罪しますわ」
「まさか。君の立場を考えれば当然だと思うよ。それに君の迎えならもう到着しているようだしね」
校門の前で豪華な馬車がとまっていた。間違いなく彼女の迎えだろう。こうして見比べてみれば自分がどれほど貧しいのか突きつけられているようだった。
「それじゃあ待たせるのは悪いですし、
「そうだな。こっちこそ改めて、明日からよろしく頼むよ」
僅かな間ではあったが、良い時間だった。
手を振る彼女を見ながらそう思った。
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