入学編—神秘の終門8
得体の知れない気配がルノスから発せられた。
それは、警戒すべきものではあった。しかしルーデウッドは1年生を本気で相手にするほど愚かではない。
「ボクを殺す? ちょっとボクのこと舐めすぎじゃないの、魔王候補」
「出来もしない事を嘯きはしませんよ」
「ふーん……」
——少しだけ遊んでやろうか。
そんな考えを脳裏に青年が魔法剣を引き抜いた。
「やる気になってくれたようですね。それは僥倖————オレとて一方的に貴方を殺したい訳じゃない。ここで契約は破棄としましょう、
「……なら試してみよう」
先輩として調子に乗っている後輩に呪文を行使するのは大人げない。とでも思ったのか、ルーデウッドは一直線に走り出した。
とはいえ速度や体勢の維持能力は賞賛に値するほとだ。格闘魔法訓練の時に剣を交えたヴォルゼイオスがひよっこのようだった。
しかしそれでも、ルノスは魔法剣を引き抜くだけで構えすらしなかった。
「……」
さすがにここまで舐め腐られた態度を向けられたのは久しぶりだ。ロイマスだってもっと警戒していた。
————反応出来ていない?
ルーデウッドは内心でそう考える。
それならばルノスの無防備さにも納得がいくからだ。
あと五歩も近づけば——斬れる。
ニヤリ、と歪に笑んだ青年。
だけど彼は次の一瞬に——奇妙な壁を認知する。
「————ッ!」
反射的に床を足で踏み込んでブレーキをかけた。
あれはヤバイ。などと己の中で警鐘が鳴り響いている。
いつの間にか顕現された、ルノスの背後に佇む……ドス黒いオーラを放つ漆黒の壁。
その壁には人間の頭部ほどの目玉が幾つか嵌められており——ギョロり、と一斉にルーデウッドを睨め付けた。
「——な、なんだ……これは……?」
おかしい。明らかに。
視界に入るだけで頭がぐるぐる回るような、まともな思考を保てない。
もはやルーデウッドに好青年の
狼狽した瞳が不自然に揺れている。
そんな彼を見て、ルノスは訝しげな表情から一転、穏やかに微笑んだ。
「そうですか。貴方にはこれが見えていましたか。どうやら腐っても上級生らしいですね」
少年も僅かに首を動かして背後の壁を一瞥した。
自身とはあまりにも違う冷静さに、ルーデウッドが吠える。
「なんだよ、それ……。体が言うことを……きかな——」
「面白い事を仰る。知らないはずが無いだろうに」
「……?」
理解の及ばない言葉の数々にルーデウッドは首を傾げそうになった。
「悠久の間、全ての魔法使いが求め、死に続け、無様に醜態を晒し続けているもの————
「——————は?」
これほど間抜けな声はなかなか耳にできない。とはいえ本人はそんな事気にしてられない様子だった。
「嘘だ……伝説上の、産物……」
魔の霊宝。その内の一つ。中でも強力な九つの
それらの異能は現代で忘れ去られたが、魔王を魔王足らしめる規格外の魔法道具であるのは厳然たる事実。
全ての魔法使いが求めてやまない至高の霊宝がルーデウッドの近くにある。
それを理解した
「は、ははは……!」
代わりに生まれたのは、歓喜の感情だった。
これさえ手に入れれば、魔法界を手中に収めたも同然!
と、興奮が込み上がってくる。
「この圧倒的な覇気、溢れ出る恐怖! 本物だ、あれは……!」
誰にも渡してなるものか。自分一人で独占すべきだ。
伝説が本当なら、
我慢できずに体が動き出そうとした、刹那。ルーデウッドは冷静になった脳で自問した。
——準備も無しに、この魔王候補を殺せるのか?
ただの魔王候補なら問題ない。だが眼前の少年を、どうしてただの魔王候補と言えようか。
悔しいがここは撤退すべきだ。幸いにも
あれは簡単に死ぬ器ではない。
「魔王候補、ここはボクの負けということで撤退させてもらうよ」
「撤退? 逃亡の間違いでしょう。そもそも出口はオレが塞いでいますが」
ルーデウッドは逡巡するようにして唱えた。
「
剣先から小さな光の球が放出されると、途端に爆発するように光り輝く。
当然この魔法をルノスは知っている。戦闘では主に相手を眩惑させるために使用されるものだ。
「それじゃあボクはここらへんで撤退させてもらう……!」
不意打ちに唱えられた呪文にルノスの瞳は閉じられている。今なら
この隙を逃す手はないだろう。
今のうちに逃げろ——!
そうしてルーデウッドが出口の近く……ルノスの横を通り過ぎた時、小さな言葉が聞こえてきた。
「否、貴方は既にオレの間合い。逃げる事など不可能ですよ」
素振りの練習のように適当に魔法剣を振るうルノス。もちろんその一振りは空を切った。
しかし。
「————」
刹那——【贓物喰い】ルーデウッド・ダグナーの四肢が根本から切断されたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます