入学編—神秘の終門7
ルノスは寮でスティンの様子を見ながら一日を過ごしていた。しかし夕暮れになっても彼が目覚める気配はない。
体に異常はないし、死ぬと言う事はないだろう。遅くとも明日の朝には目覚める見込みでいた。
時刻は19時。さすがにお腹も空いたので、食堂に向かうことにした。
「……これは」
そうして扉を開けると、その前にワゴンが置いてあった。豪勢な食事が盛られており、到底一人や二人では食べきれない。
しかしもっとも目に入ったのは食事を避けるように乗った長方形の紙だった。
開いて読むと、そこにはお手本のような綺麗な文字が羅列してある。
『食堂にいらっしゃる気配が無かったので、宅配を依頼しておきましたわ。お互い今日は疲れましたが明日にはまた元気でお会いしましょう。
ローズリア・ペクシー』
短く簡潔に、しかしこちらの心配もする。彼女らしい文だった。
(礼を言わなくちゃな)
まったく彼女は気の利く女性だ。もしかして魔法貴族の女性はそういう教育もさせられるのだろうか?
いや、単にローズリアが完成されているだけなのか。
まあどちらにしろ今は感謝だけをしておこう。
丁寧に手紙をたたみ、ポケットに入れる。ワゴンを押して中に入ると彼が聞こえていない事を承知で声を上げた。
「スティン、少し遅めの晩御飯だぞ」
◆
人通りの無い廊下を黒髪の少年が歩いていた。
天井に吊るされたシャンデリアの光がオッドアイを輝かせている。
やがて少年——ルノスは立ち止まった。
目前の扉を開くと、躊躇なく前へ進み教壇の上に一枚の紙を置いた。
薬品の臭いが鼻を突く。彼が足を運んだのは魔法実験室だったようだ。
要は済んだと退出し、次に向かうのは地下迷宮。
校内からは一転して一気に薄暗く変貌する異質の空間に、されどルノスは足を進ませた。ロイマスと共に赴いた時とは事情が違う。
周囲に人の目がなく、一人の今、彼が1年生らしく振る舞う必要など毛頭ないのだ。
1階層、2階層と下に潜り、辿り着いたのは4階層の隠し部屋。壁の前で「
開かれた洞窟のような穴をくぐり、再び前に進む。
するとポツポツと紫に光る石が道の左右壁に設置されはじめる。その数は奥へ進む程多くなり遂に目的地である丸型の空間では囲むような配置となった。
「さっきぶりですね」
そして、足を止めたルノスが切り出した。独り言ではない。幽々たるこの場では見えずらいが確かに人は居た。
一瞬の間があって……前方の人影が振り返った。
「……そうだね。でもまさか君に呼ばれるとは思わなかったよ」
紫色の灯りに照らされた頭部。刹那に見えた金髪の青年。
ルノスが密会していたのは——ルーデウッドだった。
「そうですか。にしてもオレのメッセージには気づいてくれたようで良かったです」
「まあね。死んだ
「あの時はローズリア・ペクシーの目がありました。かといって他のタイミングを測るのは面倒だったので」
楽しそうな青年にルノスは淡々と話す。
「それでオレがなぜ貴方を呼び出したのか、わかりますか?」
「……? いや、さっぱりだ。契約があるからボクと出会うことを恐れないのは予想済みだけど……そもそも会った所でって話だからね」
「……そうですか。断っておきますが、オレは貴方がスティン・プープラを攫ったから呼び出したんじゃない。その復讐だと思っているのなら間違いですよ」
へぇ、とルーデウッドが興味ありげに目を細めた。
契約があるのなら、復讐するのも不可能ではないからだ。何せ、今回の契約内容に従うのならルーデウッドはルノスに手を出せない。逆にルノスはルーデウッドに対し一方的に魔法を叩き込めるのだ。
彼は単なる復讐心でここに呼ばれたものだと考えていた。
どうせ1年にやられる訳もなく、少しくらい遊んでやろうと。
「では何故ボクを呼んだのか理由を聞いてもいいかい?」
「貴方が陰の魔法使いだったからですよ」
陰の魔法使い。悪行を働く魔法使いのクズだ。物盗り、人攫い、殺人、人体実験、強姦、なんでもありの
そんなのが目的なのか? と青年は訝しげにルノスを観察する。
「1年坊が闇の世界に入りたいって? ボクが言うのもあれだけど、陰の魔法使いは人間界で言うところの快楽殺人鬼とかテロリストとかの部類だよ?」
「……贓物喰い。どうやら貴方は勘違いしているようだ」
なにを? そう言おうと、ルノスの瞳を覗き見た——刹那。
「——ッ!」
光を無くし漆黒の炎を想起させるオッドアイの瞳が己を睨んでいると直観した。
「オレの目的はただ一つ、ここで
——なんだこの男は? 悍ましい気配が垣間見えている。
ルーデウッドは柄にもなく冷や汗を流した。
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