入学編—神秘の終門9


 ルーデウッドの四肢が切断された。

 それに伴い、想像を絶するような地獄の苦痛を味わっている彼だが「——ぇ?」という意味の分かっていない言葉を溢すだけに留まっていた。

 やがて、状況を理解したのか悲鳴を上げだす。


「ァァガガァァァガ——ッ! 腕ガァァ!!」


 魔法使いにとって腕は命も同然。魔法剣を振るえないのは魔法を扱えぬということ。そんなものは最早魔法使いにあらず。

 とはいえ、ルノスの記憶では義手の教授が居たはずなので偏に「君は死んだ」などとは言えない。


 だけどこの場合、特にルーデウッドにとってそんな事はどうでも良いのだろう。

 その証拠に何やらずっと喚いている。


「贓物喰い。どうやら相手を舐めていたのは貴方の方らしいですね」

「な——なにをした!? ボクの、手足を……!」


 遂に涙を流した青年に、ルノスの表情は変わらなかった。

 ただ残酷に、冷酷に、残虐に、非情に、まるで実験動物モルモットを眺める人間のような視線を送っているだけだった。


 荒く息を吐き続けるルーデウッドの涙に濡れた頬を撫でながら、人の良い笑みを浮かべてルノスは答える。


神秘の終門ファイナル・ゲート——オレの禁忌書門グリモワールの名ですよ。貴方だって名前くらいは存じているでしょう?」


 知っている。ルーデウッドは現在本で記されている全ての魔の霊宝を把握しているのだ。

 神秘の終門ファイナル・ゲートも確かにあった。権能こそ不明になったが、名前だけは堂々と載っていた。

 

 四肢を切断され、先輩としての矜持を踏み躙られ、実験動物モルモットに接するように頬を撫でる少年を前に——ルーデウッドはやはり魔法使いだった。

 込み上がるのは屈辱による怒りではなく、己よりも先の魔道を進む少年に問いただしたいという探究心。


「どんな……力を……持って……」

「死に行く貴方に関係はないでしょう? ああ、しかしオレも鬼じゃない。これから貴方にはオレの人形になってもらう予定ですし……これはその対価ということにしましょうか」


 まるで言う事を聞かない子供に言い聞かせるように、少年の手はずっとルーデウッドを撫でていた。

 愛玩動物ペットのような扱いに、やはり青年は気にした様子を見せなかった。

 

「過去の改変と無限に広がる未来の選択。神秘の終門これに出来ることはその程度ですよ」


 残念ながらルノスは完全にコントロール出来ていないが、それは口にしない。

 けれどルーデウッドにしてみれば天地がひっくり返ったかのような衝撃を受けた内容だったようだ。


「は、ははは……無茶苦茶だ……」


 壊れた機械のようにルーデウッドは笑った。ずっと、初めから自分が遊ばれていたことに気付いたから。

 初めから勝負になっていなかったのだ。

 あの時、意味も分からず四肢を切り落とされた。その原因は間違いなく神秘の終門ファイナル・ゲート。ルノスを信じるのなら、無限の未来を選択できるそれを使用し、ルーデウッドの四肢が切断される未来を選んだ。


 そんな不正が許されるのか? と青年は歯を食いしばった。

 だってそれは、紛うことなき理不尽だったから。未来を選択できる。つまり、極端な話、過程など吹き飛ばしてルノス以外の人類が滅んだ未来も選択し呼び寄せられるということだ。しかも未来だけでは飽き足らず過去まで改変できるときた。

 まさに神の威光。

 それを理解したと同時、ルーデウッドは焦らすような恐怖の波に襲われた。


 神秘の終門ファイナル・ゲートの他に————同等と呼ばれる理不尽が残り八つある事実に。

 いつか手を伸ばしたい魔王の力の片鱗に。


「さて、無駄話もここら辺にしましょうか。貴方の未来は決まっている。ここでオレの人形になると」

「…………」


 返事などしている余裕はない。しゃがみ込んだ少年は呑気なものだが、こちらは何をされるのか怯える事しか出来ないのだ。


「まあ貴方が身構える必要はありません」


 それじゃあ——と続けてルノスが唱えた。


籠絡せよウェカリス

「——ッ!」


 自分の意識が無くなる寸前、ルーデウッドは眼前の少年が魔王候補であることを思い出した。

 今唱えられたのは、禁じられた呪文の一つだった。もし見つかれば、牢獄に投げられるというのに何も恐れずに行使する彼はきっと、数々の人間を犠牲にしてきた自分よりも魔法使い的だ。


 咲き乱れたような桜色の閃光が魔法剣から弾ける。

 それがルーデウッドに当たると——彼は痙攣を始めて次の瞬間には瞳から光が消え失せた。


「新たな人生の出立。まずはおめでとう、贓物喰い。いや——オレの人形。そうだな……名前は……」


 そこまで口にして、少年が再度魔法剣を構えた。


変貌せよデフォル


 桜色の閃光がルーデウッドに当たる。

 唱えられたのはまたしても禁じられた呪文の一つだった。

 彼の体は先よりも酷い痙攣状態になり——ボコボコ! と肌が泡のように膨らむ。その状態が数秒続き、瞬きの時を経て、割れた風船のように大きく弾けた。


「そうか……今回は狼人間ワーウルフだったか。なら君の名前は『ポチ』にしておこう」


 やがて立ち上がる。ルノスよりも一回り巨体な鼠色の毛を靡かせる狼人間ワーウルフ

 四肢を失ったルーデウッドを元にしたが、狼人間——ポチの手足は満足に生えていた。


 ポチは忠誠を示すように跪く。


「そうか、嬉しいか。オレも鼻が高い。だけど悪いな……まだ君の出番はないんだ。ここはオレとオレの仲間しか知らない部屋だし……待っていてくれるかい?」

「ガルゥ!」


 歓喜を溢れさせて跪く狼人間ワーウルフの頭を撫でながらルノスは嗤った。

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