エピローグ〜本性〜 


 オッドアイの少年が狼人間ワーウルフの背を椅子代わりに座っていた。

 ルーデウッド殺害を実行した以上、ここに用はないように思えるが本当のところルノスの第一目標はルーデウッドの殺害ではなかった。

 これはあくまでも「ついで」の行為でしかない。


 では一体何をしたいのか?

 呑気に布で魔法剣を拭いている少年には、待ち人がいるのだ。

 こうして座っている間にも部屋の外からは一定のリズムを刻む足音が鳴り響いている。


 魔法剣の手入れも程々に、ルノスは慣れた手つきで腰に戻すと出入り口へ視線を送った。


「…………」


 やがて、灰色の髪を揺らしながら一人の男が入室してきた。

 男はルノスを確認すると心ばかりか早足になって彼の前方まで急いだ。


「そんなに急がなくても叱りはしないさ」

「寛大なご配慮、感謝致します」

「いいさ。君はオレなんかよりもよっぽど優秀なんだから————」


 相変わらず気難しい声をしている。

 その男は一定の距離を残して先程までのポチのように跪いた。


「————ベルトリア」

「もったいなき御言葉」

「まったく、謙遜するものでもないだろうに」


 ベルトリア・ルージュ。魔法道具実験を担当しているウルテイオの教授だ。

 魔法の樹木エグドルの中に紛れ込ませた手紙を使って指示を出したが、彼はルノスの読み通りあれを受け取ってくれた。

 少々不自然だったのは否めないが、わざわざ疑問を持って問いただされるほどじゃない。


「それで? 調査の方はどうなっている?」

「……滞りなく。しかし新たな情報は一つも御座いませんでした」

「構わないさ。元々期待してなかったし、君はこれまでに十分すぎる情報をオレにもたらした……ああそうだ」


 と、ルノスは忘れていたように続けた。


「君が裏切り者だって勘付かれていないかい?」

「問題ありません。奴らは未だ私に首輪を嵌められていると思い込んでおります」

「ははは。それは傑作だ。是非ともその間抜けな面を拝んでみたいね」


 軽く笑うルノス。

 ふと、ベルトリアが心配そうに言った。


「ところでこの様な時間に地下迷宮など……スティンルームメイトの目はどうされたのですか?」


 ごもっともな疑問だった。ルノスとて夜にスティンが一人で地下迷宮に行こうものなら全力で止めるし、何か裏があるのかとも思う。

 ただ、今回の場合は別だ。


「ああ、月の寮ルナの先輩に絡まれてね。今は気絶してるけど……念のため呪文でも眠らせておいた。翌朝までは目覚めないはずだよ」

「なるほど……しかし一体誰が……?」

「贓物喰いって呼び名の生徒さ。この通り今はオレの椅子になってるけど」


 ベルトリアの視線がズレた。なるほど。どうやら彼はルノスしか見ていなかったらしい。

 今になってやっと狼人間ワーウルフの存在を自覚したようだ。


狼人間ワーウルフ……ですか。さすがは我が王、禁じられた呪文を容易く操るとは」

「ウルテイオの教授殿にそう評価されるのは光栄だけどね、まだまだだよ」


 今回は限りなく近い距離で唱えたのだ。初心者といえど、銃口を頭部に押しつけて撃てば人を殺せるのと同じことだった。

 もっと距離が離されていれば、ルノスの呪文は当たらなかっただろう。

 しかしベルトリアはそんな事は知らんとばかりに褒め称えてくる。


「ご謙遜を。しかし贓物喰いも哀れなものです。我が王に喧嘩を売るなどと……愚かな事を」

「まあ表向きのオレは何をやってもダメダメな人間界の子に、優秀な魔法貴族の令嬢と共に教えを与える魔王候補だからね。むしろそれで贓物喰いに警戒されるのなら、そっちの方が問題さ」


 さて、と立ち上がった少年。少し覚束ない姿にベルトリアが「まさか」と口を開いた。


「我が王、禁忌書門グリモワールを使うのは——」

「君が心配してくれるのは嬉しいけど、上級生相手に一対一とか自殺行為みたいなものだろう? まああの時の贓物喰いは逃走を測っていたようだけど……逃したらあとで面倒そうだった」


 ベルトリアの表情は曇っている。

 フクロウみたいな彼の顔色が変わったのは久しぶりに見た気がした。


「お陰でツケが回ってきたけど……数年前に比べてずっと楽だ。何せ、今は体の一部が動かなくなるだけで済んでいるのだから」


 以前ならば少し権能を操るだけで全身に剣を刺されたような感覚に加えて、体内に溶岩でも流されたような苦痛を味わっていたのだ。

 それよりはずっとマシだった。


「……我が王よ、どうか御自愛下さいませ」

「善処する。それとオレの方から幾つか情報を……」


 そう言いかけた時。

 ベルトリアは立ち上がると懐から黒い包みを渡してきた。

 一見すればただの黒い包みだが、ルノスにはそれが何かすぐにわかった。


「これは……」

「貴方様のお父上の遺産、姿隠しの薮外套インビジブル・マントでございます」


 これは想定外の献上品だった。

 予めルノスにそれの存在を伝えていないのは叱責すべきだが……恐らくサプライズのつもりなのだろう。

 それに、今回ばかりはベルトリアを責められない。むしろ、感謝するべきだ。


 ルノスは震える手で姿隠しの薮外套インビジブル・マントを受け取ると装着した。


「お似合いです、我が王」

「……ありがとう。まさかこんなに早く父の遺産インビジブル・マント母の遺産ドラゴンズ・プライドが揃うとは思わなかった。これでまた、陰の魔法使い奴らに復讐する一歩を踏み出せる」


 ああ、今日は良い日になりそうだ。

 と、気分良さげにルノスが微笑む。


「君に軽く情報を渡す。とは言っても大したものではないが……」


 大まかには二つだろうか。

 

「まずはオレの相方、スティン・プープラについて。君は随分と彼を虐めていたが、これからもそうしてくれて構わない。だけど今回ほどは辞めてくれ、厄介な事件に巻き込まれる」

「承知いたしました」


 ルーデウッドの時のようにまた面倒ごとは御免だ。

 彼にはまだ生きてもらう必要がある。他でもないルノス自身のために。

 

「次だ。君はフクシア・マギア・インペラートルを知っているな?」


 ベルトリアが頷く。


「彼女についてだが……実際に対面して話した。その上で断言する——あれは本物の化け物だ。天満月あまみつつきの姫魔女ルナの力を不完全ながらコントロールしている。君であっても直接対決は避けた方がいいだろう」

「それほど、ですか?」


 フクシアと出会った時は彼女の化け物っぷりに驚愕しながらも表情を出さないようにしていた。


「七曜の大魔女の名は侮れなかった。さすがは魔王の臣下だよ……長くなったが、とにかくフクシア・マギア・インペラートルに気をつけろ。既にオレも手は打っているが、警戒しておくのに越したことは無い」

「承知いたしました」


 やっとだ。やっと長きに渡る悲願を叶えられる。この世界から陰の魔法使いを消し去るという、最大の偉業を。

 神秘の終門ファイナル・ゲートの権能を操れない現在だが、ルノスには心強い仲間がいる。既にウルテイオに散らばり、陰の魔法使いを各地で殺しているはずだ。


 やがてその仲間はルノスという魔王の元に集まり、純粋無垢な生徒を陰の世界に誘い込むウルテイオに反旗を翻すだろう。

 だからその時が来たるまで、この魔法学校は次代の魔王ルノス・スパーダが成長するための養分となるのだ、そう————


 

 ————オレが笑って復讐するまで。





———————————————



 第一章はこれで終了となります。ここまで見てくださった皆様、本当にありがとうございました。ちなみに続きを出すかは未定です。


 それと、タイトルの「俺が笑って」と最後の文の「オレが笑って」の「俺(オレ)」という部分ですが漢字とカタカナに敢えて分けました。誤字ではありません。



 

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