サークル勧誘編—思わぬ邂逅1


 久方ぶりの過去を見たフクシアはサウナ終わりのような汗を流すと時刻を確認した。


「9時……」


 通りでルームメイトネオルよりも遅く目を覚ましたわけだ。普段ならば絶対に見せない醜態だが、今回に限っては仕方がない。ああいった過去の夢を見せられている時はフクシアの意思に関係なく深い眠りについてしまうのだから。

 そう、だから仕方がないのだ。などと自分を説得するとピョコリと少女が視界に入ってきた。


「随分とぐっすりだったにゃ〜?」

「……私だって好きで逢引あんなのを見ていたわけじゃないわ」

「そういう割にはニヤニヤしていたのにゃ」

「…………」


 狐色の髪を揺らしながら目前で少女が笑う。


「……はァ」


 まったく人の寝顔を覗くなんて……そう言おうとしたもののフクシアには予感があった。

 それを口にすればネオルは嬉々として自分を揶揄い続けるだろうと。


 ならば何も言うまい。フクシアが関心を示さなければ彼女も話題を変えるはずだ。


「そうにゃ! おにゃー、どこ回るか決めたのかにゃ?」


 幸いにもフクシアの読み通りの結果になった。

 しかし「どこを回るか」。そう問われるのは予想外だった。

 以前からずっと尋ねられていたことだが、曖昧な返答をしていたのをすっかり忘れていた。


「そうね……適当に校内を探索しようかしら? そうすれば嫌でも面白いサークルに出会うでしょうし」

「よーは決まってないってことにゃ」


 ウルテイオに入学した新入生に待ち受ける最初のイベント。それは先輩たちによって織りなされる各サークルへの勧誘期間だった。

 一週間と言う決して短くはない時間を目一杯使った大イベントは、全ての講義が無くなることを含めて先輩たちにも人気だ。


 もっとも、フクシアはそんなイベントに興味はない。そもそもサークルに入るメリットが彼女にはないのだ。


「おにゃーって意外と無計画にゃ?」

「貴女にだけは言われたくないのだけど……」


 軽口を交わしながら二人は部屋を出た。こうして並ぶとネオルの身長の低さが目立つが、周囲の生徒は彼女らを一瞥すらしない。慣れた、という感じではなさそうだった。

 

「ほへぇ〜にゃ」


 隣から聞こえる気の抜けた声には確かな賛美が混じっている。

 しかし賛美の声を送りたいのはフクシアも同じ。まさか自身が魔法を行使したことを見抜かれるとは思わなかった。


 とはいえ、よくよく考えてみればネオルは初対面の時から鋭い少女だった気もする。バカっぽい顔だがその黄金の瞳は相手を退けさせるような力があった。


「魔法剣も抜剣せずによくも唱えられたにゃ〜」

「これでも皇族よ? 魔法剣がなくても程度の低い魔法なら唱えられるように鍛えさせられたの」


 だから出来るとでもいうのか? 

 ネオルは内心で「なに言ってるのかにゃコイツ」と呟くとフクシアをジトリと見つめた。


「…………」


 ……相変わらず綺麗な白銀の髪を靡かせている。空を閉じ込めたような瞳も、完成されたスタイルやルックスも、全て魔王譚に登場する天満月の姫魔女と同じだ。

 そう考えると不思議な気分になる。かつての戦争で大暴れした姫魔女が隣にいるなんて。


「随分と盛り上がっているわね」

「にゃ?」


 いつの間にか月の寮ルナを出た二人を迎え入れたのは楽しげな笑い声と先輩の下手な仮装姿だった。校内を散策すれば血で書いたような文字で「化け物サークル!」という名の看板を手に歩く先輩もおり、阿鼻叫喚の大騒ぎ。

 歓声に似た声を上げる同級生たち。

 そんな中、フクシアの耳に僅かな声が届いた。


「スティンさんは寝坊がすぎます!!」

「うぅ……ごめん。でも講義に出なくて良いって思うと安心しちゃって……」


 女生徒の方は本気ではないが怒っているようだ。男子生徒の方も謝っているところと今の会話から察するに……待ち合わせに遅刻でもしたのだろう。

 なんとなく今の声の方向をフクシアは見た。


「——ッ」


 驚いたような彼女の視線に気づいた女1人男2人の集団は反射的に視線を返すと……


「——ッ」


 フクシアと同じ反応を示した。 

 

 これも何かの縁か。白銀の皇女は魔王候補生のひとり、ルノス・スパーダと邂逅したのだ。




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 前回の第2章プロローグを投稿したあと、星で評価していただきました。

 ありがとうございますm(_ _)m

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