入学編—呪文学1 


 スティン失踪が解決した後、やはり疲れが溜まっていたのか彼は泥のように眠った。スティンは目があっては即座に謝罪する程度までには追い詰められていたが、今回に関してはむしろルノスが頭を下げるべきだったかもしれない。

 明るい時間だったとはいえ、油断しすぎた。


(ま、さすがに贓物喰いもこれ以上スティンには近づかないだろ。ロイマス・ランパスヘイムが出てきたんじゃあどうしようもない)


 勝手な予想だが、そんな事をしてしまうくらい覇天道の名は大きかった。

 恐らく今となってはウルテイオでもっとも有名な生徒なのだ——無論、あと少し経てばフクシア・マギア・インペラートルも才覚の片鱗を晒し有名になるだろうが。

 

 ルノスはフクシア皇女の入学を知らなかった。新聞ですら見ていない。つまり、魔法皇国が隠していたのだろう。故に現状では彼女の存在を知る生徒はごく少数と言える。

 まあ全てを魅了する彼女の美貌があるので今も目立ってはいるだろう。


「スティン。起きろ、時間だ……ほら……」


 気づけば起床時間だ。昨夜からぐっすりしていたスティンからすれば一瞬の出来事だったろう。


「ん……早いよルノス君……」

「そうは言ってもな……君、昨日の夜も食べてないじゃないか。あまり寝ていると朝食もとれないぞ」

「————はッ!」


 そうだ、と小柄な少年が飛び上がる。寝相が悪いのか子供らしいパジャマは乱れていた。


「おはよう」

「あ、うん……おはよう」

「とりあえず顔でも洗ってきたらどうだ?」


 似たような流れを先日あたりにした気がする。


(この感じじゃあ、毎日するかもな)


 だがそれも悪くはない。ただの準備時間が微笑ましい平和な時間になると考えよう。

 それよりも昨日の事件だ。

 今回の反省点を含め情報はローズリアとは共有することにした。もちろんスティンには昨晩に了承してもらっている。


「よし! 準備終わったよ」

「なら行こうか」


 忘れ物はないか確認してから部屋を出た。そのまま食堂まで一直線で向かうと……やはりローズリアは先に座っていた。


「ごきげんよう、お二人とも」

「おはよう」

「お、おはようローズリアさん」


 さて、呑気に紅茶を飲む彼女には申し訳ないが早速話そう。

 基本的に話す役目はルノスで、スティンは……うん。食べてる役目だ。


 お腹が空いているスティンは座るや否やパンを齧っていた。


「相変わらず良い食べっぷりですわねスティンさんは」

「ああ、その事は……少しだけ関係あるんだがローズリアと共有したいことがあるんだ」

「……? なんですの改まって」


 そうしてルノスは昨夜の時間を事細かく説明した。たまに表情が険しくなる彼女に恐怖しながら……。


「なるほど——しかし今回はルノスさんの仰る通りわたくし達にも反省すべき事項が幾つかありますわね」


 落ち着いた様子に「よかった」、と男子二人が安堵した。


「この失敗は繰り返さないように努力しましょう。それと一応言っておきますわね。わたくしの部屋は6階で尻尾を振る赤い狐のマークがありますわ」

「了解だ。オレ達の部屋は2階で火を吹く赤い蜥蜴がマークになってる……そういえばローズリアの相方はまだ帰ってないのか?」

「そうですわね。あまり言いたくはありませんが、亡くなった可能性が高いですわ」


 もしそうだったら残念だ。接点はないが、これから魔道を進むって時なのに。

 暗い雰囲気になろうとした、その時。ローズリアがパンッと手を叩く。


「こんな話はこれくらいにして、今日は呪文学ですわ。スティンさんは嬉しそうですわね」

「うん。ずっと呪文の勉強をしたかったんだ」

「しかし今日が1回目だからな。多分呪文を唱えたりはしないと思うぞ」


 注意点の説明が主だろうか? まあ妥当だろう。ルノスやローズリアのように、呪文を唱えた経験がある者なら兎も角、まったくの素人であるスティンなどは見ているこちらの方が危険だ。

 呪文の失敗は爆発したり別の効果になったりで様々。故に口酸っぱくあれこれ言われることになる。


「ではわたくし達も移動しましょう。スティンさんもお腹は大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だいひょうぶ!」


 口いっぱいにシュークリームを詰め込んで少年が答えた。

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