入学編—入学式4


 席に座ったルノスはすぐに違和感に気づいた。最奥の壁に埋まっている十字架、その目前に漠然とした“誰か”がいたのだ。

 しかし、辺りを見渡してもルノスと同じように違和感を覚えている者は少なそうだ。


(それにしても凄いな……あの呪文操作術は)


 姿をあやふやにする呪文は決して難しくない。しかし、長い間持続したり何百人という人間の目から逃れる事自体にはまた別の器用さが必要となる。

 “誰か”は霧が晴れるように少しずつ明確になっていく。呪文を解き始めているのだろう。この頃には半分近くの生徒が“誰か”がいる事に気がつき始めていた。


「おはよう諸君。ワタシが学長のフリーダム・ジンベルンゲンだ」


 そして、何も気づいていない残りの半分の生徒達が突如現れた高身長の女に騒めく。

 だがそれも短い。学長、という言葉を理解した多くはすぐさま口を閉ざした。


 彼女は静寂が戻ると再度口を開く。


「まずは入学おめでとう。しかしながら安堵はしない事だ——教授達ワタシらは全力で貴様らに魔道を享受させるが、全力で殺しにいく」


 ——ウルテイオから偉大な魔法使いが生まれる事を心より願っている。


 そう付け加えたジンベルンゲンに、生徒達の顔は引き攣った。

 何せ今渡されたのは激励のお言葉ではなく、ただの脅し文句。


(確かに、無事にウルテイオを卒業した学生は少ない。それは常識だし、ここにいる全てが理解しているはずだ)


 けれども「全力で殺す」という発言は、恐怖を煽るのには十分すぎた。


「以上。学長からの挨拶は終わる」


 そんな生徒達など知らん、と呪文で消え去る学長に教会堂は沈黙した。空気が重苦しい。

 

「ん〜。じゃあ皆んな移動しようか♡」


 ジンベルンゲンと入れ替わるように今度は赤と白を基調とした服装の化粧をした道化ピエロが中空に現れると、指揮棒のような魔法剣を払った。

 すると生徒達の視界がくるりと反転。

 次の瞬間には、香ばしい食べ物がそれぞれのテーブルに山と見間違えるほど皿に盛られている食堂へ移り変わった。

 丸テーブルで埋め尽くされた食堂に圧倒されるルノスを他所に、道化ピエロは言う。


「お腹がすいてる子は今のうちに食べてね♡」


 こうして圧倒されているされている間にも各所の丸テーブルにはパンやスープ、ステーキなどが置かれていく。置かれていくと言っても、仕組みはテーブルの裏に魔法陣が描かれており、それを経由して厨房から運ばれてくるものだが……彼らはそんなことを知らなかった。


「すげぇ!」「美味そうだな!」「私達はあそこに座りましょう!」


 先の恐怖など忘れたように七つの寮生達は近くの席に座っていった。


(出遅れない方がいいか。一番奥までは随分と時間がかかりそうだ)


 そうして歩き出したルノスに声がかかる。


わたくしとご一緒しませんこと? ルノスさん」

「ローズリア、ちょうど良かった。食堂のテーブルは数人で座ることを前提としているからね」

「同じ考えです。一人では座りずらいですもの」


 そう、一人では座りずらい。勝手に席を同じにすれば良い、と考えがちだがそうも行かないのだ。相手が魔法貴族だったら? 魔王候補生や七魔候補生とだって共に座るのは緊張するだろう。それに相手側にだってまだ座っていないだけで、共に座る予定の者がいるかもしれない。


 あれ? とルノスは疑問を投げかけた。


「君はいいのか? 魔法貴族ならば同じ貴族と食事をとった方が……」

「そういうのは良いんですの。それに、貴方は魔王候補生でしてよ? 魔法貴族でも文句は言えないはずですわ」

「……そういうものなのか」

「そういうものです」


(貴族というのは変な生き物だな)


 何となくだが納得したルノスはローズリアと共に席に着いた。

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