第41話 昼8 襲撃とヒーロー
パレードや露店巡りを楽しんでいた人々が、ロードネス警備兵の誘導により<南東商学大通り>からあらかた避難を完了した。
石畳の道路は黒い魔道士の襲撃で所々破壊され、もぬけの殻となった露天や、散らばった露店の商品、引きちぎられたり燃やされた横断幕が散乱していた。
所々破壊された石畳の道路に計十三体もの黒い魔道士たちが、羊皮紙を広げて、散り散りに立っている。
中堅の冒険者四人が、それぞれの武器を構えて十三体の黒い魔道士の軍団と対峙していた。
「ルーキーにあんなこと言って出てきたはいいが、こりゃちょっと数が多過ぎてしんどいな……」
疲れた顔をした中堅の冒険者の一人が、黒い魔道士の軍団を見据え、額から汗を流す。
手に持った羊皮紙を広げて石畳に佇む十三体の黒い魔道士が、一斉に言葉を発する。
「ファイアボール……」
十三体の黒い魔道士の羊皮紙から次々に火の玉が飛び出し、複数発射された火の玉が一斉に武器を構える冒険者たちに向かっていく。
流石に受けきれないと判断し、冒険者たちがその場から飛び退いて火の玉を躱す。
標的を失い躱された火の玉が石畳の地面や、もぬけの殻に鳴った露店に衝突し、燃え上がる。
黒い魔道士たちの火の玉の攻撃は止まず、更に言葉を発する。
「ファイアボール……」
十三体の黒い魔術師たちが、次々と火の玉を発射し、羊皮紙から飛び出した火の玉が道路の両脇の建物、石畳の地面、垂れ下がる横断幕、もぬけの殻になった露店へと、四方にばら撒かれる。
攻撃の止まない黒い魔道士の火の玉を躱し続けながら、冒険者たちが声を上げる。
「いくら避難が完了したからって、これじゃあ街が炎上しちまうぞ」
あちち……、と冒険者が僅かに腕を掠った火の玉に気を取られる。
中堅四人の冒険者たちが、止まずに飛んでくる火の玉を躱したり、火の玉を剣で切り捨てたり、踏ん張って盾で受け止めたりし続けながら相談する。
「どうすんだこれ?」
「増員を待つか、最悪、それまで受けて被害を減らすか……」
「受けるったってよぉ、単発ならまだなんとかなるが、流石にこれは数が多過ぎて無事じゃすまねぇ」
「こんだけ火の玉ぶっ放されりゃあ、仕掛ける隙もねぇな……」
ひっきりなしに飛んでくる火の玉に苦戦する四人の中堅冒険者たち。
数さえ何とかなればと、冒険者たちは頭を悩ませ、火の玉の攻撃を捌き続ける。
そんな火の玉の猛攻の中、冒険者たちの上空にマントを棚引かせた一人の人影が颯爽と現れた。
その人物は黒い魔道士の軍団の攻撃により防戦一方な冒険者たちの前に着地し、冒険者たちと同じように火の玉の猛攻を躱したり、手に持った細い短剣で斬って捨て、容易く消滅させる。
ジョーカースマイルの仮面を被り、赤いマントを棚引かせ、クリーム色のシルクハットを被り、クリーム色のタキシードを着こなす謎の男――怪盗オクターが、向かってくる火の玉たちを細い短剣で次々と斬って捨てて消滅させ、背後の冒険者たちを守りながら、余裕を見せた口を開く。
「苦戦しているようだな冒険者の諸君」
怪盗オクターが火の玉を捌いて防いでくれる為、余裕の出来た冒険者たちが彼に振り返る。
「お前は、怪盗オクター」
「おせぇぞヒーロー」
「今まで何やってた」
口々に怪盗オクターへ言葉をかける。
怪盗オクターは火の玉の猛攻を苦もなく捌きつつ、余裕があり涼しい声で言葉を返す。
「いやぁすまない。ちょっとお使いで遠出をしていてな、助けに来るのが遅れてしまったよ」
はっはっはっ、と怪盗オクターのジョーカースマイルの仮面の下から、余裕を見せる笑い声が響く。
「しかし、これは一体どういう状況なのだ? 今、街に着いたばかりなので何がなにやら……」
火の玉を短剣やすらりとした足蹴で叩き捌きつつ、怪盗オクターが冒険者たちに状況の説明を求めた。
「俺たちも急な要請で良く分かってねぇ。ただあの黒い魔道士たちが学生祭中に突然現れて街中で暴れてやがるんだ」
「そうか、なるほど……。大体分かった。あの不気味な人形のような黒い魔道士とやらを何とかすれば良いのだな?」
「あぁ、そうだ。理解が早くて助かるぜ」
「ならば任せてもらおう。諸君、少々離れてくれたまえ」
怪盗オクターからそう言われた冒険者たちは後ずさり、火の玉を捌き続ける怪盗オクターから距離をとる。
怪盗オクターが左手の人差し指と中指を立てて、小指、薬指、親指を内側に折り曲げ、左手で印を作る。
印を結んだ左手を、ジョーカースマイルマスクを被った顔の前まで持ってくる。
「ミラージュアルターエゴ」
そう魔法を唱えると白い魔方陣が印の前に発現し、怪盗オクターの左右両脇に僅かな光の粒子が発生し、それが人の形になって集まっていく。
怪盗オクターの左右両脇に、人の形となった発光体がずらりと現れる。
光の発光が消えると、そこから赤いマントを棚引かせジョーカースマイルマスクを被った同じ姿格好をした怪盗オクターたちが出現し、ずらりと何体も並んでいった。
瞬く間に怪盗オクターの左右両脇に、シルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た怪盗オクターたちが何体も並び立ち、その人数が十人を超える。
冒険者の一人が驚く。
「これは……、分身か?」
ズラリと横並びに立った怪盗オクターたちが、数の暴力で火の玉を短剣で切刻み、黒い魔道士による火の玉の猛攻を全て打ち消した。
「行け」
と、命令された怪盗オクターの分身たちが、一斉に黒い魔道士たちに飛びかかる。
怪盗オクターの分身たちが短剣で黒い魔道士に斬りかかるが、魔道士の黒いローブに刃先が触れた瞬間、霧のように霧散し、姿が消える。
分身たちの攻撃により火の玉の猛攻が完全に止んだ。
冒険者たちの前に立つ怪盗オクターが手を休め、分身の攻撃で霧のように霧散して消え、また現れる黒い魔道士たちを眺めつつ考察する。
「幻惑か、幻影か……、いずれにしても奇妙な魔法だ」
陽炎のように立ち消える黒い魔道士たちが、続々と再び姿を現しては、また分身たちの攻撃により霧のように霧散して消え、また現れるを繰り返す。
「なるほど、これが噂に聞いた秘伝の忍術スキルというやつか……」
シルクハットのつばを掴み、考えた素振りを見せる怪盗オクターが、仮面の奥から黒い魔道士たちを見据える。
「なら、これを仕掛けているはソーモン伝説の暗殺者、
周囲に建物の被害は見えるものの、これだけの規模で襲撃しているにもかかわらず人々の避難だけで済んでいる様子を見て、怪盗オクターは襲撃の犯人の目的を察した。
「ならば早急に終わらせてもらおう」
怪盗オクターはそう言い、右手の掌を地面に突いて、片膝をつきしゃがんだ。
「ソイルエンチャント」
そう言葉を発すると、右手の掌を突いた地面に茶色い魔方陣がクルクルと浮かび上がる。
怪盗オクターが魔法を発動する。
「ダートバインドマジック!」
そう声が響くと、黒い魔道士たちの足元の地面が、波のようにうねうねとうねり始める。
そして海から飛び上がる鯨のように、黒い魔道士たちの足元の地面から巨大な泥の両手が飛び出した。
黒い魔道士たちの足元の地面から飛び出した泥の手は、黒い魔道士たちの身体をがっちりと指を組んで掴み押さえつけた。
怪盗オクターが地面に手を突いたまま更に言葉を発する。
「グリップ」
怪盗オクターがそう言葉を発すると、地面から生えた巨大な泥の手たちが黒い魔道士たちを勢いよく絞め上げた。
バキバキゴキゴキ、と悲鳴も上がらず悲惨な音が響き渡った。
音が止まり、巨大な泥の手の中に納まった黒い魔道士たちの顔がうな垂れ、まったく動く気配がなくなった。
怪盗オクターが地面から手を離し、立ち上がる。
怪盗オクターの分身たちも霧のように霧散し、陽炎のように姿を消していった。
計十三体の黒い魔道士たちを一瞬で鎮圧した怪盗オクターが、冒険者たちに振り向く。
「私は他の襲撃場所へ向かう。魔道士たちの拘束と連行を頼んで良いかな?」
「あ、あぁ……、いいぜ」
怪盗オクターの現実離れした圧倒的な強さを目の当たりにし、少し引き気味に冒険者が頷き答えた。
「あの泥人形は暫く経つと消えるから安心してくれたまえ」
黒い魔道士たちを握る巨大な両手を差して、怪盗オクターはそう言った。
怪盗オクターはこの場を冒険者たちに任せて、すぐさま次の襲撃地点へと向かい、上空へと飛び立って行った。
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