第56話 夜12 遅れて来た者たち
いつの間にか、教会の外が騒がしくなっていた。
甲冑を鳴らし歩く大群の足音が、丘を登って教会に向かってくる。
松明の灯火が夜闇の中で幾つも揺らいで移動している、
教会の周りを取り囲むように、大群の足音と松明の灯火が止まった。
二枚扉のなくなった教会の出入り口に、ポケットに手を突っ込んで蟹股で歩いてくる人影が映る。
真紅のワンピースドレスを着た金髪のお嬢様――マリエッタ・ロードネスが、安堵した表情を見せ、深い吐息と共に声を漏らした。
「どうやら到着したようですわ……」
教会に入ってくるその人影はペタペタと足音を鳴らし、教会に入いるなり声を上げた。
「ゴールド冒険者の俺様ご一行のご登場だァ!」
だらしなく着たシャツに、両手をポケットを突っ込んだズボン、ペタペタと鳴らすゴムサンダルに少し疲れた表情をした男――レウ・ルックスが、威勢よく現れた。
ペタペタとゴムサンダルを鳴らしながら、レウは教会内を見渡し、真紅のワンピースドレスを着たマリエッタに近づいてくる。
「便所サンダルで大自然の中、七百キロオーバーも昼夜全力疾走させやがって!」
真紅のワンピースドレスを着たマリエッタの前で、レウは立ち止まり落ち着きなく周囲を振り返り警戒する。
「ご苦労でしたわ。でも、一足遅かったですわ」
ズボンのポケットに両手を突っ込んだレウが、マリエッタの顔を目つき悪い目で威圧するように眺める。
「……」
黙ったままズボンのポケットから右手を出し、レウは考え事をするように顎を右手で擦った。
レウに続いて、教会内に入ってくる人影が二人映った。
赤い長髪をポニーテールにして束ね、黒いレザーのジャケットにパンツを履いた、眼鏡を掛けた女――イザベラ・ドーチンが、暗闇の中で眼鏡を光らせボソッと声を出す。
「どうやら、もうすでに終わった後のようですね……」
「どうやら、もうすでに終わった後のようですねキリッっじゃねーよこの陰キャクソメガネ! なんで二人乗りの乗り物しかもってねーんだよお前は!」
眼鏡を光らせたイザベラに、レウが振り返って不満げに叫ぶ。
イザベラに続いて、背丈を大きく越える魔法の杖を抱え、ねずみ色のローブを着てフードを被ったピンク色の髪の少女――マーリンが、教会内に入り歩いて静かに口を開く。
「……見たところマリエッタ様も無事のようですし、片付いたのなら良かったじゃないですか……。……これでゆっくり休める……」
ねずみ色のローブを着たピンク髪のマーリンは立ち止まり、緊張が途切れ溜まった疲れを吐き出すかのように大きく息を吐き出した。
教会内にいた、ボロボロの丈の長い茶色いスカートを履いた少女――リア・グレイシアが、三人に気づき声を上げる。
「レウさんにイザベラさんにマーリンさん!」
顎に手を当てたまま、片手をズボンのポケットに突っ込むレウが振り返り、ボロボロになった服と丈の長い茶色いスカートを履いたリアに気軽に声をかけた。
「リアか。大変だったようだな」
「はい……」
疲れたように肩を落としてリアがそう応えた。
真紅のワンピースドレスを着たマリエッタが、神妙な面持ちで振り返り、ねずみ色のローブを着たピンク髪のマーリンに言った。
「それよりもマーリン、ちょっとこっちにきて。怪我人がいるの」
「……はい、マリエッタ様……」
と、マーリンはマリエッタに連れられて、口から血を流し床に横たわる貴族の青年――ジャックス・レイモンドの傍まで駆け寄った。
「マーリン、頼めるかしら?」
「……えぇ、事後に医者の処置は必要ですが大丈夫だと思います……」
そう言って、ねずみ色のローブを着たピンク髪のマーリンは、ジャックスの右胸に刺さった短剣を引き抜き、長い杖の先端を床に横たわるジャックスの身体に向けた。
「救護班をお願い」
マリエッタがそう言うと、赤い髪をポニーテールで縛った眼鏡を掛けたイザベラが頷き、教会の外へ救護班を急いで呼びに行った。
魔法の杖から白い魔方陣を発現させるマーリンを尻目に、ズボンのポケットに手を突っ込んだレウが、教会の中を見渡す。
うつ伏せになって倒れているメイドが二人、動かなくなったそれぞれをレウは目で見て確認する。
その後レウは、暗闇に佇む赤いマントをつけてシルクハットを被りクリーム色のタキシードを着た男――怪盗オクターを見つけた。
「お前もいたのか」
ジョーカースマイルマスクに右手を当て、怪盗オクターが赤いマントを翻し身を包んだ。
「どうやら事件は片付いたようだな。また会おう諸君」
と、怪盗オクターはそのままそそくさと姿を消し、高笑いを残しつつどこかへと行ってしまった。
イザベラが救護班を引き連れて教会内へ入ってきて、ジャックスの元へと駆け寄った。
周りを取り囲む救護班に、ジャックスの回復魔法の処置を終えたマーリンが言った。
「……胸の傷は浅いですが肺に穴が空いており出血が酷いようです。肺の傷はわたしが治しましたので、後は胸の穴の縫合と輸血をお願いします……」
救護斑たちに担架に載せられて運ばれるジャックスを、魔法の杖を抱きかかえてマーリンは見送る。
赤い髪をポニーテールで縛ったイザベラが、ズボンのポケットに手を突っ込んで立つレウの肩を叩き、教会の穴の空いた壁を指差し、レウに言った。
「ねぇ、あれって穴空いてない? っていうか壊れてない?」
レウが首をひねり、穴の空いた教会の壁に振り返る。
顎に手をあて、レウが考える。
「どういうこった……、この教会は傷一つ付けられねぇオブジェクトパーツだろうが……」
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、レウが教会の穴の空いた壁に歩み近づく。
ズボンのポケットに左手を突っ込んだまま、穴の空いた壁の崩れたざらつく肌を右手で触り、レウは調べる。
崩れた部分は所々脆くなり、剥がれ落ちそうな破片を引き抜くと、すっぽりとそれが取れる。
取れた壁の欠片を見つめるレウに、真紅のワンピースドレスを着たマリエッタが近づいた。
「貴方たちの報告通り、以前から脆かった扉は破壊できましたが、わたくしの魔法ごときでは建物はびくともしませんでしたわ」
「どうしてこうなった……」
普段とは違う神妙な面持ちで、レウが信じられないものを見ているかのように、崩壊した壁の欠片を見つめたまま驚愕していた。
「おそらく、リアの力ですわ」
そう言われたレウは、担架で運ばれていくジャックスを心配そうに見送り立ち尽くすリアを、目を見開いて見つめた。
「まじか……」
リアを見つめるレウがそう呟いた。
「マリエッタ様たちもこちらへお願いします」
と、救護班の一人が怪我を見るため、真紅のワンピースドレスを着たマリエッタと、ボロボロのリアを呼び出す。
「調査はまた今度にいたしましょう」
「あぁ、そうだな……」
レウは頷き、救護班に連れられて教会を出て行く真紅のワンピースドレスを着たマリエッタと、着ている物も身体も傷だらけでボロボロになっているリアを、黙って静かに見送った。
壁から抜けた欠片を手にしたまま、レウが天井を見上げた。
「こりゃあ、何か起こりそうだな……」
レウの静かな声に反応するかのように、レウの耳には僅かに中央ドームの上に建つ塔の鐘が鳴ったように聞こえた。
それは、虫の音が響く月明かりの夜空の下、朽ち果てた教会は自身に設定された重要なその役目を自覚しているかのような、そんな僅かな反応をレウにしてみせたかのように、壁の欠片を手に立ち尽くして天井を見上げるレウには感じたのであった。
<貴族の羊はなにとをもふ>
――了――
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