エピローグ

第57話 昼 友からの手紙

 優雅な昼下がりのティータイムだった。

 外は快晴、街には平穏が戻り窓に映る人通りも普段と変わらない。


 ボロい木製のテーブルにヌワールのティーセットが二つ置かれている。

 高級紅茶<ゴゴノカーディン>も注がれ、ボロい木製のテーブルに少しの振動が伝わると食器が揺らめく。


 使い古されてシミの付いた飲食店の中古のテーブルに、ひじを着き窓の外を眺める白いブラウスを着て茶色のキュロットパンツを履いた金髪の美男――ユリウス・ロップスグレイシアが、ティーカップの取っ手を摘み、甘い紅茶を一口含む。

 ティーカップを皿に置いたユリウスの顔は、どこか穏やかで清々しさを感じた。


 シミの付いた中古のテーブルに向かって座るユリウスの対面には、薄黄色のワンピースを着た金髪の美女――マリエッタ・ロードネスが座っていた。

 薄黄色のワンピースを着たマリエッタが、話を聞いているのかいないのか分からない窓を眺めたままのユリウスに向かってひとしきり話した後、マリエッタはカップのハンドルを右手の親指と人差し指で摘んでつかみ、瞳を閉じてヌワールのティーカップを上品に持ち上げ、静かに紅茶を口に含む。


 ヌワールのティーカップを皿に置き、薄黄色のワンピースを着たマリエッタが一息吐いた。


「以上ですわ……」


 そう言って、薄黄色のワンピースを着たマリエッタが、肘をテーブルについて頬杖をつき窓を眺めるユリウスの美しい横顔を見つめつつ、続けた。


「ここまでで、わからなかったところはあったかしら?」


 白いブラウスを着たユリウスが、頬杖をつき人や馬車が流れていく窓の外を眺めながら、これまでのマリエッタからの報告を復唱した。


「ギルドがつかんだソーモンの情報は完全に囮だった。だまされたレウたちはソーモン近辺まで行って帰ってきただけだった。偽の情報を流した犯人の目的は、レウたちをこの街から学生祭が終わるまで引き離すことが目的だった」


 以上……、と窓を眺めるユリウスが締めくくった。


「よろしいですわ」


 薄黄色のワンピースを着た金髪のマリエッタが、そう言って続けた。


「犯人はジャックスの従者、ガルマンダ、メル、エル。この三人はいずれも死亡したとされていた元王国指名手配犯の凶悪な暗殺者たち。ガルマンダは伝説の殺し屋の夢死幻狼むしげんろう。メル、エルはクレイジーキティと呼ばれていた殺し屋。いずれの三人ともソーモンの秘密ギルド<はないちもんめ>出身ですわ」


 続けてよろしいかしら、とマリエッタが余所見を続けたままのユリウスに訊く。

 窓を眺める白いブラウスを着た金髪のユリウスは、手のひらを返して、どうぞ、とマリエッタに応えた。

 マリエッタが続ける。


「犯人たちの目的は二つ。レイモンド家の跡継ぎの一人ジャックスの暗殺。これはジャックスの兄であるローエン・レイモンドから直接命令されたものとみていいですわ」


 窓を眺めたまま、ユリウスがマリエッタに訊いた。


「これでローエン・レイモンドがソーモンのギルドと直接関係のある者としてみていいわけだな?」


 えぇ、とマリエッタが頷き、続けた。


「ほぼ確実といってもよいですわ。ギルドに働きかけて夢死幻狼むしげんろうとクレイジーキティを動かせるほどの人物ですわ」


「それも恐ろしく昔から続いていた長期の計画だ。子供の頃から俺たちが知っているガルマンダがそうだったのだからな」


「ええそうですわね。ソーモンの連中はそのころからロードネス領を脅かす種をまいていたということですわ」


「レイモンド家の侵食具合から推測すると、もう種はロードネス領内全土に撒ききっているとみていいわけだな。おそらく今は苗すらとうに過ぎて、それらがロードネス領内で一斉に開花しようとしている」


 ティーカップのハンドルを摘み上げ、紅茶を口に含み、カップを皿に置き、薄黄色のワンピースを着たマリエッタが話を続けた。


「そういうことですわ。もう一つの目的であったわたくしの暗殺もその推測の材料の一つとしてみて良いですわ」


「そっちはレイモンド家とは関係ない、ギルドから直接の命令だな」


「そうですわ。今は顎の骨が砕けて話すことも出来ないガルマンダに変わって、捕らえたメイドのエルが自供いたしましたわ。ギルドからの命令と復帰を条件に、わたくしの暗殺をギルドの密偵から言い渡されたようですわ」


 なるほどね……、とため息を吐き、窓を眺める白いブラウスを着たユリウスが、続けて言った。


「どちらにしろ彼らには不利だったわけだ。情報がだだ漏れの実家と外部の刺客からジャックスの身を守りながら任務を放棄することなんてな」


 テーブルに向かって座るマリエッタとユリウスが黙り込み、暫く静かになる。

 薄黄色のワンピースを着たマリエッタが口を開いた。


「彼らは自分の身を守れないジャックスにいらだっていたのかもしれませんわね。なにもできずに頼ってばかりで、いつの間にか敵に囲まれていた状況だった。彼らは八歩塞がりな状況で業を煮やし、運命を天秤にかけるように時間をわざとかけた奇妙な計画を企てて実行したのかもしれませんわ」


 お互いジャックスについて思うところがあるのか、マリエッタとユリウスが静かになった。

 白いブラウスを着て頬杖をつくユリウスが、静かに口を開いた。


「ガルマンダが本気になれば、俺たちなんてすぐにでも殺せたはずだ。やつらには終始、手加減されていた」


 えぇそうね……と、マリエッタが俯き、続けて言った。


「恐ろしい敵でしたわ……」


「結果的には俺たちの運がよかっただけだったな。賭けに勝ったのは俺たちか……、それともジャックスを殺したくなかったガルマンダたちか……」


 やれやれ、と白いブラウスを着たユリウスが、額に手を当てた。


「まぁ、リアを一緒に誘拐したのが、一番の誤算だったわけだな」


 麗しいピンク色の唇に上品に手を当て、薄黄色のワンピースを着たマリエッタが、ふふっと少し笑った。


「リアがあそこまで強かったなんて。あの最後の一撃なんて、まるでゴバドのようでしたわ」


 白いブラウスを着たユリウスが、肩をすくめ掌を上に向け、言った。


「なんせ、リアは先生の大ファンだからな。昔、しぐさとかこっそりまねしているのを見かけたこともあるぞ」


 マリエッタとユリウスは少し天井を仰ぎ、赤い着物を着た老人のマネをするリアを思い浮かべて笑った。

 ひとしきり笑った後、薄黄色のワンピースを着たマリエッタが、場を仕切りなおして続けた。


「話を今回の報告に戻しますわ。街の被害は学生区と商業区の二つ。建物の軽微の損壊が7件、重傷者はおらず、軽いやけどや切り傷、擦り傷、軽い打撲程度の軽症が報告されているのが十三人。逮捕者は三十人丁度で、その皆が催眠と幻惑魔法がかけられていましたわ。すべて学生祭が開催されていた街道とロードネス噴水広場のエリアの中でだけでしたわ」


 いやぁ、と、思い出しながらユリウスが口を開く。


「ソーモンくんだりから急いでロードネスに帰ってきたら、そこら中で煙が上がってるし、爆発してるし、悲鳴が聞こえてくるし、びっくりしたよ」


「とても助かりましたわ。逮捕された連中は地下水路の管理員の二人を除き、全員がソーモンのスパイでしたわ」


 そういえば、と思い出し、白いブラウスを着たユリウスが口を開く。


「あの晩のよく分からない三人組は結局、ソーモン出身だが<はないちもんめ>のギルド員ではなかったらしいな。酒場で軽く頼まれて小銭程度の報酬で悪さを繰り返すソーモンの街のチンピラだったようだ」


「いずれにせよ、迷惑な人たちですわ……」


「今は襲撃のドサクサに紛れて屋台の食べ物や露店の商品を持ち出そうとしているところを警備兵に見つかって連行され、ロードネスの牢獄だそうだ」


 結局なにがしたかったのかしら……、と薄黄色のワンピースを着たマリエッタがあの晩のことを思い出し、哀れむ。

 はっと思い出し、マリエッタが口を開く。


「そうですわ、その三人の件でジャックスから恩情を賜りたいって要求されましたわ」


「ジャックスが?」


「えぇ、伝えられている情報によると自分の部下として迎え入れたいとか」


 白いブラウスを着た金髪のユリウスが、顎に手を当てて悩んだ。


「ジャックスの罪の意識か……。少なくとも関わっているから自分のせいでもあると責任を感じたんだろうな」


「多分そうですわね。あと、今回のガルマンダたちとのこともあるし、何か考えが変わった部分もあるのかもしれませんわよ」


 そうか、とユリウスが頷いた。


「あぁ、そうだ。結局最後までわからなったんだが、ってなんだかわかったのか?」


 顔を横に振って、薄黄色のワンピースを着たマリエッタが応える。


「全然ですわ。貴方も知っての通り、名前だけなら僅かながらソーモンのあたりで出回っていたらしくてよ」


 気にすることはないようですわ、とマリエッタが付けくわえた。


「その件は置いておいて、続きを話しますわ。ジャックスとリアが誘拐された現場の、アクセサリー屋に偽装された建物は、地下水路の管理員の事務所でしたわ。ソーモンのギルドも関わっていない、おそらくガルマンダたちが計画の為に見つけて利用したものだと思いますわ」


「ソーモンのギルドに物件まで手を出されていたら、貴族区域の中央区も洗う必要があったからな。これはこれでよかったわけだ」


「えぇ、ひとまず安心ですわ。ソーモンのギルドもさすがにこの街の物件までは手出しは出来ないようですわね」


 まぁ、わたくしが常に監視していますからね、とマリエッタが笑みを浮かべて付け加えた。


「あとはわたくしたちが見た通りの出来事が起きて、ガルマンダたちは拘束されて一件落着ですわ」


 ティーカップの取っ手を摘み、紅茶を飲み、薄黄色のワンピースを着たマリエッタが、白いブラウスを着たユリウスに笑顔を向けてそう言った。


「ジャックスも無事病院から退院してネスに帰ったことですし、ローエン・レイモンドに関しては、レイモンド伯爵へ直々に情報を提供差し上げましたので、長男であるローエンのレイモンド家からの追放も時間の問題でしょう。それによって今回のジャックスの命の危険もこれで回避できるでしょうし、これにて今回の事件は終幕ですわ。おつかれさまでした」


 はぁ、とユリウスがため息を漏らす。


「どうかいたしまして?」


「いや、ジャックスのことが気になってしまってな……」


「放っておけばまた元の元気な彼に戻ると思いましてよ」


「でも、今回は流石にきつかったんじゃないか?」


「あれでも立派な貴族の血が流れておいででしてよ。ジャックスがこのまま落ちぶれるような、その程度の男ではないことぐらいわかっていますでしょう?」


「俺は昔のことしか知らないからな、俺たちの時間は止まっているようだ」


 ティーカップの紅茶を見つめ、伏目がちにマリエッタが静かにが黙り込んだ。


 コンコン、と玄関のドアがノックされた。

 白いブラウスを着たユリウスがゆっくり席から立ち、キッチンのカウンターを通って玄関へ向かった。

 はい、とユリウスが玄関のドアを開けた。


「宅配です。サイン願いします」


 配達員が茶色いレザートランクケースをユリウスに手渡した。

 ユリウスは届いたレザートランクケースを床に置き、差し出されたペンを取って紙にサインし、受取書を受け取った。

 毎度どうも、と挨拶をして配達員が玄関の扉を閉め、去って行った。


 ユリウスは首をかしげ、受け取り書を見た。

 受取書に記入されていた差出人はジャックスだった。

 茶色いレザートランクケースを手に持ち、白いブラウスを着たユリウスが、シミの付いた中古のテーブルに向かって座るマリエッタの元に戻る。


「なんですのそれ?」


「さぁ、ジャックスからだ……」


 と、ユリウスが受け取り書を眺めたまま首をかしげ、レザートランクケースを床の上に置いた。

 白いブラウスを着たユリウスが、訝しげにレザートランクケースを開ける。

 ユリウスが開けるレザートランクケースを、マリエッタが一緒に覗き込む。


「これは……、ヌワールのティーセットですわ。それに三つも」


 レザートランクケースの開けた蓋の裏側には、封書に入った手紙が挟み込まれていた。

 ユリウスはそれを取り、封を開けて手紙を取り出し、内容を口に出さずに読んだ。




    ユリウスへ 

    カップを割ってしまってすまなかった。

    お詫びに三人分用意したのでそれを受け取ってくれ。

    俺はこれから大事な仕事がある。

    その仕事が終わってからマリエッタと三人で、

    よかったらそのカップでお茶を嗜みたい。

    昔、マリエッタとお前が仲良くするのが許せなくて、

    マリエッタの大事なお茶会をつぶしてしまった。

    すまなかった。

    そのときのことでも話したいと思う。

    だから、少しだけ待っていて欲しい。


    あと、お前の妹にも世話になった。

    迷惑をかけてすまなかったと言っていたことを伝えてくれ。


    これはよかったらマリエッタに伝えてくれ。

    俺はガルマンダ、メル、エルを助けたいと思う。

    そのために俺はすべてを捧げたい。

    これから慣れもしない交渉に駆けずり回るだろう。

    幸い、ガルマンダたちの正体は公にされていない。

    過去、ガルマンダの指名手配を解いた王国にも

    報告は行っていないだろう。

    なぜなら、一番初めに王国へ正式な報告がなされるという事態を、

    俺が止めさせてもらったからだ。

    場合によっては貴族としての身分の剥奪もあるだろう。

    レイモンド家からの追放もありえるだろう。

    でも、なんとしてでも、自分の手で俺はあの三人を取り戻そうと思う。

    今回のこと、大変申し訳なかった。


                              以上




 手紙を読み終わり、興味ありげな顔をして覗き込むマリエッタに、ユリウスはそのまま無言で手紙を渡した。

 薄黄色のワンピースを着たマリエッタは、ユリウスから手紙を受け取り、それを読んでいく。


 白いブラウスを着て茶色いキュロットパンツを履いたユリウスが、静かに椅子を引いて座った。

 ボロい中古のテーブルに向かい、ユリウスはヌワールのティーカップの取っ手をつまみ、高級紅茶のゴゴノカーディンを一口含んでから喉に流し、甘い香りを感じつつ一息吐いた後、手に持ったティーカップを皿に置いた。


 白いブラウスを着た金髪のユリウスは、ボロくシミの付いた中古のテーブルに肘をつき、頬を手に乗せて窓の外を見つめて思いふけった。


 手紙を読み終わった薄黄色のワンピースを着たマリエッタも、ジャックスからの手紙を置いてティーカップを持ち、紅茶を飲み、息を一つ静かに吐いた。


 白いブラウスを着たユリウスと、薄黄色のワンピースを着たマリエッタは、そのままお互い何も言わず、小さなころの自分たちのことを思い出しながら、音を立ててゆっくり秒針が動き出した時計のように、失われていった凪のような友と過ごした時間を懐かしんだのであった。





       【 貧乏貴族2  ~貴族の羊はなにとをもふ~  】


                          ――終わり――

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