第28話 昼1 毒薬とメイド

 長い黒髪を後ろで編み込んで束ねた髪型の眼鏡をかけた女メイド――メルは、貴族用ホテルの給仕室で、お昼前の主人に届けるお茶の準備を淡々としていた。

 ケトルでお茶を沸かしつつ、サービスワゴンの上にクッキーを並べた皿と、紅茶の葉を入れた白い陶器のティーポット、白いティーカップ、ミルクを入れた小さいミルクポットに砂糖の入ったシュガーポットを順に乗せていく。


 お湯が沸き、主人の好みに合うように、早めにティーポットの中にお茶を注ぎ、茶葉を蒸らしておく。

 一通りの作業を追え、眼鏡をかけたメイドのメルは、すっと黒いスカートのポケットから、カプセルに入った毒薬を取り出し、それを指で摘んで見つめた。


「……」


 何も言わず、思いつめた表情でじっとカプセルの毒薬を眺めている。

 眼鏡をかけたメイドのメルは目を閉じ、深く息を吐いた。


 手に持ったカプセルの毒薬を再び黒いスカートのポケットにしまったメルは、お茶汲みの準備が終わったサービスワゴンの取っ手を持ち、給仕室を出て主人の部屋に向かった。




 サービスワゴンを引く眼鏡をかけたメイドのメルは、主人の部屋の前に着き足を止め、ドアをノックする。


「お茶をお持ちしました」


「入れ」


 ドアの向こうから上司である老執事――ガルマンダの声が響き、メルはドアを開けてお茶の準備がされたサービスゴンを引いて部屋に入った。

 入り口のの左手側の壁に、手前から白髪の老執事ガルマンダと、その奥にもう一人のセミロングの女メイド――エルが、姿勢を真っ直ぐにした状態で立っていた。


 お茶のセットが乗ったサービスワゴンを押し、眼鏡をかけたメイドのメルが部屋を進む。

 部屋の中央辺りに大きなソファーに深く座っている赤い髪の貴族――ジャックス・レイモンドがいた。

 赤い髪の貴族ジャックスはソファーに背を持たれて目を閉じ、リラックスしているようだった。


 眼鏡をかけたメイドのメルはジャックスの隣までサービスワゴンを押し進めて止まり、軽く頭を下げる。


「ジャックス様、お茶をお持ちしました」


「ありがとうメル」


 ソファーの後ろに腕を回して背をもたれるジャックスが、目を閉じたまま顔を振り向かず、軽く手を上げてそう言った。


 眼鏡をかけたメイドのメルが、サービスワゴンの上に乗ったクッキーの乗った皿とシュガーポットとミルクポットを、ジャックスの目の前のテーブルに置く。

 次に予めお湯を入れて紅茶を蒸らしておいたティーポットの取っ手を手に持ち、ティーカップに静かに紅茶を注ぐ。

 静かにティーポットをサービスワゴンの上に置き、ティーカップとスプーンを乗せた皿を手に持ち、ジャックスの前に置いた。


 紅茶の用意が終わると再びメイドのメルはお辞儀をして、ジャックスが口を開くのを待つ。


「いよいよ明日が学生祭だ。今日、予定通りに誘えなかったらと考えると不安で仕方がない」


 赤い髪のジャックスは紅茶に少量のミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜ、ティーカップの取っ手を摘んで、紅茶を口に一口含んだ。


 眼鏡をかけたメイドのメルが、ジャックスがティーカップを皿に置くのを待ってから口を開いた。


「かねがね順調ではないでしょうか。この昨日までの三日間、多少のことは目を瞑るにしても、お相手のコミュニケーションに柔軟性が出てきたように思えます。勝負は今日、この後です」


「何か策でもあればもう少し気を楽にして挑めるのだが……」


「あのお店のシフトに関しては把握済みです。リア様は明日の学生祭の日はお休みになられておりますので、お誘いするには絶好の機会かと思われます」


 ジャックスが額に手を当て、目を閉じ悩んでいる。


 眼鏡をかけたメイドのメルが、服のポケットから一通の封書を取り出し、それをテーブルの上に置いた。

 赤い髪のジャックスはテーブルの上に置かれた封書を手にとって、メルに訊いた。


「これはなんだ?」


「奥の手です。マリエッタ様にお願いして書いていただきました。この手紙をリア様にお見せすれば、学生祭にお誘いできる確立が飛躍的に上がるかと思われます」


 おぉ、とジャックが関心する。


「流石だメル。これで明日は……」


「安心するのは早いですよジャックス様。問題は明日のデートプランです。どうせ何も決めてはおられないのでしょう」


「学生祭を見て回るだけではだめなのか?」


 やれやれ、と肩をすぼめてメルは溜息を吐いて首を左右に振った。


「だめだめです。デートというものはちゃんと計画的に実行しなければ途中で破綻し、めちゃくちゃになってしまう恐れがあります。初めての相手ならなおさらです。ですので、ここはちゃんとプランを立てておかなければなりません」


「プランか……」


 顎に手を当てて、赤い髪のジャックスは悩んでいる。

 眼鏡をかけたメイドのメルが胸に手を当てて、笑顔を見せる。


「ですがご安心を。そんなことだろうと思い、予め計画を立てておきました」


「おぉ、流石だメル」


「しかし、まずはデートのお誘いを成功させること。今一度、練習しておきましょう」


「そうだな、まだ時間はあるからそうしよう。よろしく頼む」


 そう言った後、二人はデートに誘う練習を開始する。


 場慣れてきているメルはウエイトレス役を自然にこなし、ジャックスは実際の状況を想定しながら挨拶から始め、何気ない会話を混ぜた後に封書を渡しデートに誘う、という練習を、二人は出発する時間まで何度となく重ねたのだった。

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