第29話 昼2 断れない抗えない<G>

 お昼も過ぎて客の出入りも緩やかになり落ち着いた頃、白いブラウスに赤い短いスカートを履いて茶色のエプロンを着けたウエイトレス――リア・グレイシアは、いつものようにテーブルに残った皿や器やグラスを、慣れた手つきで片付けていた。

 重ねた皿と器をお盆に載せ、片手でテーブルの上の汚れをダスターでふき取り、最後にグラスを持ち、テーブルを離れて店奥の洗い場まで向かう。

 洗い場の棚に食器を載せたお盆とグラスを置き、またホールへと出る。


 リアは今日、ウエイトレスとして働きながら少し不思議に思ったことがあった。

 最近まで店に来ていた妙にガラの悪かった客層が、なぜか殆どなくなっていたからだ。

 店内だけでなく街の様子も以前と変わらず、チンピラのような人は見かけなくなっていた。


 深く考えても答えは見つからないので、リアは、まぁいっか、と考えることを放棄し、ホールでの片付けや備品の補充などの作業に戻る。

 カランカラン、と店の入り口のドアが開かれ、ドアベルが店内に鳴り響く。


「いらっしゃいませー」


 リアが入り口に振り返ると、青い貴族服を着た青年――ジャックス・レイモンドと、従者の老執事――ガルマンダと、眼鏡をかけたメイド――メルと、黒髪のセミロングのメイド――エルが、店内に入ってきた。

 店内を見渡し席の空きを確認し、もう数日ずっと通いつめた為、四人とも慣れた動作でいつも座る入って左手の奥、壁側の窓際の四人掛けのテーブルへ向かっていく。


 壁側の椅子に老執事のガルマンダとセミロングのエルが腰掛け、対面の窓際にジャックスが座り、その隣に眼鏡をかけたメイドのメルが座る。

 リアはお盆に四つ水の入ったコップを載せ、ジャックスたちのテーブルに向かう。


「いらっしゃいませー」


 こなれた笑顔でテーブルに水の入ったコップを置きつつ、リアはジャックスたちに挨拶をする。


「皆さんこんにちわ」


 どうも、とジャックスが照れくさそうに手を上げて挨拶をする。

 他の三人はテーブルに広げたメニューを眺めつつ、軽く会釈で返した。

 エプロンの前ポケットから伝票と鉛筆を取り出し、リアが言った。


「ご注文はお決まりですか?」


 セミロングのエルがメニューを指差し、答える。


「わたしは大盛りフライドポテトとフランクフルトのセット」


 続いて眼鏡をかけたメイドのメルが、メニューを指差して注文を告げる。


「わたしはオムライスを」


 ガルマンダがタイミングを見て続く。


「私はストロベリーパフェとホットココアを」


 リアはそれぞれ注文を聞きつつ返事をしながら、すらすらと伝票にそれらの注文を記入していく。

 最後に、少し間を置いてジャックスがメニューを指差して注文をする。


「和風おろしハンバーグ定食を頂こう」


 リアは注文を聞き、伝票に記入してから注文を復唱する。


「大盛りフライドポテトとフランクフルトのセットをお一つと、オムライスがお一つ、ストロベリーパフェとホットココアがお一つと和風おろしハンバーグ定食がお一つ、以上でよろしかったですか?」


 四人が頷き、リアが伝票と鉛筆をエプロンの前ポケットにしまう。


「では、出来上がりましたらお持ちしますので、ごゆっくりどうぞ」


 と、リアがテーブルを離れようとした時、ジャックスが慌てて手を伸ばしつつ声をかけた。


「あ、待ってくれ」


「はい?」


 こなれた笑顔をしたリアがジャックスに振り返る。

 ジャックスは咳払いを一つして、青い貴族服の胸ポケットから封書を取り出した。


「実は、何度も申し訳ないがマリエッタから君にこれを届けてくれと頼まれてね……」


「わたしにですか?」


 と、リアがジャックスから差し出された封書を受け取り、首を傾げる。

 リアは封書を眺めた後、スカートのポケットにしまい、こなれた笑顔でジャックスに言った。


「何度もありがとう御座いますジャックスさん」


 ジャックスがたどたどしく口を開く。


「そ、それでなんだが……、実は明日の学生祭、地方から来て初めてなので勝手が分からないこともあり、よければ一緒に回ってはくれないないだろうか……」


「明日ですか、無理ですね」


 リアは笑顔で即答する。


 断る理由はいくつかあるが、主な理由はかつかつな金銭的な事情だった。

 特別な理由があったにせよ、ニートの兄による五十ゴールの突然の出費は、家計への壊滅的な打撃だった。


 軽い気持ちで学生祭の出店を回れば、必ず美味しそうなものに釣られて、我慢できなくなり出費する。

 それならばいっそ、家に引きこもるか、もしくは完全に隔離される街の外でトレーニングをしていたほうが、経済的なピンチを乗り越えられる、という計画を予めしていた。

 そのためにいかなる理由でも、学生祭への参加は拒否しなければならなかった。


「では、ごゆっくりどうぞー」


 と、リアはこなれた笑顔を崩さぬまま、そそくさとその場を離れる。


 リアはホールから厨房へ向かい、注文を中の従業員たちに告げる。

 伝票を厨房の注文用カウンターに置き、リアはホールに出る前にジャックスから受け取った封書をスカートのポケットから取り出し、確認した。


「マリエッタお姉さまから、なにかしら……」


 封書を開けると、中に一通の手紙が入っていた。

 手紙にはこう書かれていた。


<   お礼は致します。

     学生祭へジャックスと一緒に行ってください。   >


 手紙とは別に、リアは封書の中に入っていた、ちらりと目に映った折り畳まれた紙を見て、顔色が変わる。


「こ、これは……」


 震える手で、その折り畳まれたものに指を触れる。


(これは、五十ゴールド札!)


 胸中で叫び、リアは手早く封書に手紙を戻し、丁寧に封書をスカートのポケットの中にしまった後、急いでホールに戻り、ジャックスたちのテーブルへと向かった。




**********




 窓際の席で肩を落としてたジャックスの目の前に、顔を紅潮させてどこか怪しげな、慌てて厨房から飛び出してきたにやけた顔のリアが立っていた。


「ジャックスさん、行きましょう」


「え?」


 目が<>のゴールドの記号になっているリアを見て、ジャックスは顔を上げてきょとんとする。


「学生祭、一緒に行きますよ」


 訳が分からず、状況のつかめずに呆けるジャックスに、隣に座っていた眼鏡をかけたメイドのメルが、肘でジャックスの身体を突いて正気に戻させる。


 はっと、顔を挙げ、喜びの表情へと変化していくジャックスが口を開いた。


「あ、ありがとう。ではよろしく頼む」


 と、ジャックスは予め用意しておいた待ち合わせの時間と場所を記した紙を貴族服の胸ポケットから取り出し、それを怪しい瞳をしたリアに渡した。


「これを受け取ってくれ。待ち合わせの時間と場所を記したものだ」


「はい、わかりました」


 と、リアはそれを受け取りスカートのポケットにしまう。

 頭を下げ、すたすたとテーブルからリアが立ち去る。

 ジャックスはわけも分からず、上機嫌で軽くステップしているようにも見えるリアの背中を見つめる。


 眼鏡をかけたメイドのメルがジャックスに言う。


「うまくいきましたね」


「あ、あぁ、でもどうして……」


 ジャックスはまだ状況が飲み込めない。

 喜んで良いのかどうだろうか、ジャックスは困惑する。

 そんなジャックスに、メルが一言告げる。


「さぁ、どうしてでしょうね」


 と、メルはそう言い、白々しく肩をすくめたのだった。

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