第17話 昼 貴族の客

 昼食時の昼のピークも過ぎ、店内の客足も疎らになった頃、白いブラウスに短めの赤いスカートとポケットの付いた薄茶色のエプロンを着用したウエイトレスの少女――リア・グレイシアは、客が帰った後の散らかったテーブルを片付けていた。

 二人客のテーブルを片付け、汚れたテーブルを布巾で拭き、二人分の皿と器とコップをお盆に載せたリアは、片手で起用にそれを持って厨房の洗い場へ向かう。


 洗い場のカウンター棚に食器の載ったお盆を置き、厨房からホールに出て次に片付けるテーブルへ向かう。

 店のドアが開かれ、カランカランと、ドアベルが店内に響く。


「いらっしゃいませー」


 と、リアが声を出し、テーブルの片付けをしながらドアの方へ顔を上げる。


 入ってきた客は恰幅の良い赤い髪の貴族で。三人の従者を連れていた。

 青い貴族服を着た赤い髪の男の貴族と、その後ろにタキシードを着た片眼鏡をかけている白髪の老執事と二人の女のメイドが、店内を見渡す。


 どこかで見たことのある、と思い出しつつテーブルを片付けながら、リアは声をかける。


「お好きな席へどうぞー」


 リアは手早くテーブルを片付け、食器などを載せたお盆を持って厨房の洗い場へ向かい、それを洗い場のカウンター棚に置き、ホールへ向かう。


 ホールへ出ると、ドアから入って左手の壁際にある窓側の四人掛けのテーブルに、青い貴族服を着た貴族と白髪の老執事と女メイドの従者三人は座ろうとしていた。

 リアはお盆に水の入ったコップを四つ載せて、ホール隅の窓側の四人掛けテーブルに向かった。


 壁側の椅子に白髪の老執事と目つきの鋭いセミロングの女メイドが座り、その対面に眼鏡をかけた女メイドと青い貴族服を着た赤い髪の貴族の男が座っていた。

 リアがテーブルの前について、お盆に載せたコップを席に座った彼らの前に置いていく。


「いらっしゃいませー。メニューはそちらになります」


 と、リアがコップを置き、テーブルの上のメニューを手で示して、こなれた笑顔で接客をする。


 貴族の男がよそよそしく咳払いし、リアに顔を向けて口を開いた。


「昨夜は世話になった」


 少し、リアが首を傾げて訊く。


「わたしですか?」


「あぁ、君だ」


 と、赤い髪の貴族の男が続けた。


「昨夜、君に助けてもらった。名はジャックスと言う」


「あぁ、昨日の……」


 リアは、どこかで見たことがあったと思ったそのよそよそしい目の前の貴族の青年――ジャックスのことと、昨夜のことを思い出した。


「あの後は大丈夫でしたか?」


「おかげさまで、無事二人とも帰ることが出来たよ」


「そうですか、それはよかった」


「それで、改めてお礼を言おうと思ってね。ありがとう」


「いえ、当然のことをしたまでです」


 と、リアは手を振って謙遜する。


 その時、鋭い殺気と刺すような視線を瞬間的に背筋に感じ、はっと顔を上げて壁際の白髪の老執事と目つきの鋭い女メイドに振り返ったが、彼女たちはテーブルの上に広げたメニューを指差して、何を注文するか選んでいる最中だった。


 気のせいか……、とリアはすぐに赤い髪のジャックスに振り返る。


 ジャックスがリアに従者を紹介する。


「彼らは私の執事たちだ。彼が執事のガルマンダに、髪の短い彼女がメイドのエル、そして眼鏡をかけた彼女がメイドのメルだ」


 紹介された彼らは、リアに短く一瞥して静かに頭を下げるする。

 リアはどうも……、と軽く会釈する。


「実はマリエッタから君の事を紹介されてね。これはマリエッタから君に渡すようにと渡されたものだ」


 と、ジャックスは貴族服の内ポケットから封書を取り出し、それをリアに渡した。

 リアはきょとんとした顔でその封書をジャックスから受け取り、封書の中身を取り出した。


「お姉さまから、なんでしょう……」


 封書の中から一通の手紙を取り出し、リアはそれに目を通す。

 手紙にはマリエッタの綺麗で繊細な文字で、


 <面倒かとは思いますが、ジャックスのことは適当にあしらってくださいまし>


 と、書かれていた。


 なんですのこれは……、とリアが胸中でつぶやき、怪訝な目で嬉しそうなジャックスの顔を見る。


 手紙を封書に入れ、リアは眉間にしわを寄せながら困った顔をして、それをスカートのポケットにしまう。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 少々顔を引きつらせながら、リアは接客を再開する。

 壁際に座っている白髪の執事ガルマンダが答える。


「私はチョコレートパフェを頂こうか」


 それを聞き、リアはエプロンのポケットから伝票と鉛筆を取り出し、すぐに注文を書き込む。

 今度は目つきの鋭いセミロングの女メイドのエルが注文をする。


「わたしは山盛りフライドポテトから揚げセットを」


 次に、眼鏡をかけた女メイドのメルが注文をする。


「わたしはナポリタンスパゲッティーを」


 三人が注文を終えて、残ったジャックスが何を頼むか決めることを忘れていたのか、テーブルの上に広げられていたメニューをたどたどしく手に取り、すぐに目に付いたものを注文する。


「で、では……、私はこのおすすめのハンバーグ定食を頂こうか」


 ささっと、リアが伝票に注文を書き終え、復唱する。


「ご注文はチョコレートパフェと、山盛りフライドポテトから揚げセットと、ナポリタンスパゲッティーと、ハンバーグ定食でよろしかったですか?」


「はい」


 と、眼鏡をかけた女メイドのメルが頷いて返事をする。


「では、ご注文承りました。できましたらお持ちしますので、少々おまちくださいませ」


 と、リアが振り返り厨房へ行こうとしたが、ジャックスがそれを呼び止める。


「ま、まってくれ」


「はい、追加ですか?」


 と、笑顔のリアが振り返る。

 ジャックスが咳払いし、改めて何かをリアに告げるため口を開いた。


「君と……」


「はい?」


 その時、執事たち三人の顔が強張った。

 毎度ジャックスが巻き起こす不測の事態に備えて、執事たちに緊張が走る。

 特に、ジャックスの隣に座る眼鏡をかけた女メイドのメルは身構えて備える。


 ジャックスが続けた。


「ケッコ……ン⁉」


 と、ジャックが言いかけたところで、隣に座っていた眼鏡をかけたメイドのメルが、とっさに身を乗り出して左手でジャックスの口をふさぎ、右手で後頭部を押さえて身動きがとれず口が開けないようにした。


 ジャックスの口と頭の動きを封じたまま、眼鏡をかけたメイドのメルが淡々と言った。


「なんでもございません。御気になさらず行ってください」


 リアは執事たち三人から自分に向けられた不穏な空気の中、僅かにジャックスから聞こえた単語に不安を感じつつ、愛想笑いを浮かべる。


「そ、そうですか……、では、ごゆっくりどうぞ」


 そう言い、リアはジャックスたちのテーブルに背を向け歩き出す。


 注文を厨房へ伝え終え、その後、リアはテーブルの片付けや注文の受付や料理の運び出しなどしつつ、厨房やホールでジャックスたちの様子をちらりと覗いたが、何やら眼鏡をかけたメイドのメルが、ジャックスに向かって何かを言っているような、ジャックスが叱られているような、そんな光景が見えた。


 時間が過ぎ、注文した料理がテーブルに配られ、ジャックスたちは食事をする。


 そして、ジャックスと執事たちは、ジャックス一人だけ楽しそうに談笑しつつ食事を終え、会計を済ませ、その日は何事も起きず平和に、店を出てホテルへ帰っていったのであった。

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