第18話 夕 メイドは主人の世話を焼く

 貴族用ホテルの一室で、ソファーに座り、テーブルに置かれた紅茶を嗜む青い貴族服を着た赤い髪の青年――ジャックス・レイモンドは、メイドである双子の姉妹の姉――メルから、昼の行いについての助言を聞かされていた。


 手を前で組み立っている眼鏡をかけたメイドのメルが、紅茶を飲みティーカップを持つジャックスの横で、神妙な面持ちで淡々と語る。


「ジャック様、いくらなんでも出会って数秒で求婚はまずすぎます。一体何を考えているのですか」


「本能のまま男らしく行こうと思ったのだが、だめだったのか……」


「それではただの馬鹿か変人です。これは予め決められた台本どおりに進行していく政略結婚などの非恋愛的非人道的な取り行いではありません」


 普段は大人しい性格だが、今は妙に力の入っている眼鏡をかけたメイドのメルの説教を聴くにつれて、ジャックスの肩と頭が沈み、背が曲がっていく。


 気にせずメルは厳しくジャックスに言う。


「そもそも、いきなり求婚は急ぎ過ぎですし自己中心的過ぎます。彼女の立場になって考えてもみてください。昨日、暴漢から助けた男が翌日職場に急に現れて、自己紹介とお礼を述べた後に急に求婚をなされたら、ぶっちゃけて言うと恐怖でしかないですし、ストーカーかと思いますし、頭のおかしい人でしかありません」


「私はそんなまずいことを……」


 赤い髪のジャックスが、羞恥心と後悔から両手で頭を押さえて頭を腕で抱え込む。


「えぇ、ですが、すんでのところで最悪な状態は回避して差し上げました。お礼を言ってください」


「あ、ありがとう、助かったよメル……」


 と、頭を抱えたままジャックスがお礼を言う。

 眼鏡をかけたメイドのメルは、少し勝ち誇ったように口角を上げ頭を抱えるジャックスを見下ろし、軽く頭を下げる。


「礼には及びません。以降気をつけていただければよろしいのです」


 と、メルは緩んだ口元を元に戻し、淡々と語る。


「良いですかジャックス様、いくら後数日しか滞在できない短い期間だとしても、ここで焦っては成るものも成らなくなります。ですので、ゆっくりでよいのです。まずはジャックス様の名前と顔を一致させるところから、徐々に、徐々に距離を詰めてゆけばよいのです。相手はパーティーでしか会えなかったり、面会する為に正式に書簡などでアポイントを取らなければならない貴族令嬢が相手ではありません。そのような、会いにいけない相手ではありません。リア様はあのお店で働いている為、毎日、通えばよいのです。当面の目標は学生祭にお誘いすること。それを目標に致しましょう。その為にわたしはリア様のスケジュールをこれから把握いたします。それに、ジャックス様にはマリエッタ様という強力な後ろ盾もあります。いざとなったらマリエッタ様という奥の手を使えばよろしいのです」


 頭を抱えうずくまるジャックスに対し、一方的に語ったメルは一息つく。


「以上がわたくしの意見です。如何ですか?」


 頭を抱えたジャックスが口を開く。


「学生祭までに距離を縮める、彼女のスケジュールをメルが把握する、いざとなったらマリエッタにお願いする、やってみるか……」


「えぇ、先ほどの悪手よりは断然よいかと」


 不安を抱えながら、ジャックスはメルが助言した指示に同意し、万全の態勢で臨むための明日からの予行練習を、リア役を申し出た彼女と共に始めたのであった。

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