第19話 深夜 師匠

 リア・グレイシアは夢を見ていた。

 夢は昔の記憶、学生時代のものだった。

 義務課程の中等学校卒業間近、十四前後のころのこと……




***********




 夕暮れ時、リアは師匠である赤い着物を着た老剣士と、木刀と木剣で最後となる組み手を挑んでいた。

 場所はロードネス壁外の、川の河川敷だった。

 地平線に沈み行く暁色の夕日が、木の刀と剣をお互いに構える二人をオレンジ色に照らす。


 木刀を右手で握って構える赤い着物を着た老剣士が、対面する木剣を構えたリアに、睨みを利かせながら凄み、静かに、力強く口を開く。


「小娘、お前の修行もこれで最後じゃ。全力でかかってこい……」


「はい、ゴバド師匠」


 木刀を片手で構える赤い着物を着た老剣士――ゴバド・ボービルと、木剣を右手で握り構えるリアは、互いに動かず、間合いを計る。


 全く打ち込む隙が無い木刀を構えるゴバドと対峙し、一歩も動くことが出来ないリアの額に、一筋の汗が流れ落ちる。


 リアは体の前に踏み出している右足に意識を集中する、

 力まず、自然に、悟られず……、呼吸と力を整える。


 仕掛けてこない……、リアは目の前の老人の意図を計り、覚悟を決める。

 ふっと、リアが集中していた右足を静かに上げ、声を発する。


「必殺!」


 と、叫び、砂利だらけの地面を、静かに上げた右足で、渾身の力で踏み抜いた。

 ドゴオオオオン、という轟音と共に砂利と砂と土の地面がリアの身長を軽く超えて巻き上がる。


 刹那、リアは周囲を覆う土煙の中で素早く右手の木剣を振り斬り、巻き上がった空中の砂利をゴバドに向かって撃ちつける。

 大小の石つぶてが木刀を構える赤い着物を着たゴバドに向かって、土煙の中から飛び出し、勢い良く真っ直ぐ飛んでいく。


 リアは土煙の中、腰を落とし、勢い良く飛び上がる。


 木刀を片手で構え赤い着物を着た老剣士ゴバドは、視線を真っ直ぐ、姿勢を全く動かさず、土煙から飛び出した大小の石つぶてと上空から斬りかかろうとするリアにも動じず、藁の草履を履いた右足を軽く上げた。


 そして、その足の裏を砂利だらけの地面に叩きつける。


 ドォォン、という地響きと共に、衝撃音が響き渡る。

 音から遅れて、竜巻に似た衝撃波がゴバドを中心に発生し、激しい風のような力が土煙と飛び掛ってくる石つぶてを押し戻す。

 衝撃波に遅れてゴォォォォォ、という空気が震える音が響き、


 ドン! 


 と、土煙と石つぶてがゴバドの周囲から上空へ打ち上げられる。


 上空からゴバドの頭上に向かって落下するリアは、地面から打ち上げられた石つぶてに、たまらず斬りかかる構えを解いて、両腕で顔をカバーする。


 リアが地面から打ち上げられた石つぶてを受けながら、腕の隙間から下を見る。

 そこにいたはずのゴバドの姿は消えていた。


 とっさに身を翻し、リアが背後に振り返ると、両手で木刀を振り上げたゴバドが、自分よりもさらに上空にいた。

 ゴバドの振り下ろす剣撃を、リアは持っていた木剣に左手を添えて、ゴバドの剣撃を両手で押し返すように支えてガードする。


 打ち下ろされたゴバドの木刀と、ガードするリアの木剣がぶつかり、ガン、という鈍い音が響く。

 瞬時にガードが弾かれ、すさまじい衝撃がリアを襲う。


 波のように腕から全身へ押し寄せる強大な力に抗えず、リアは上空から地面に受身も取れず、背中から激しく叩き落される。


「がはっ!」


 と、背中からの激しい衝撃で、リアの肺の空気のほとんどが喉から押し上げられ、口から吐き出される。

 それでもリアは木剣は手放さないが、身体のいうことがまったく利かなくなった。


 天を仰ぐリアの真正面の上空から、ゴバドの藁の草鞋の足裏が、自分の顔面目掛けて降ってくる。


 殺される……、リアは自分の顔面目掛けて迫るゴバドの草履の裏を見つめつつ、瞬間に感じ、思った。


「ぐううぁああぁぁぁぁ!」


 リアは渾身を振り絞り、腹の底から、心の底から声を上げ、気合で身を翻し、ゴロゴロと左へ身体を転ばせる。


 ドオオオオン、と、上空から落下し地面を踏み抜いたゴバドの攻撃の激しい音と衝撃が響き渡る。

 すんでで避けた地面に這い蹲るリアの掌に、そのすさまじい衝撃が電気のようにびりびりと、地面から伝わって全身を駆け巡る。


 リアが木剣を持った右手の甲で口を拭い、よろめきながら膝を付き、立ち上がる。


 ぱらぱらと降り注ぐ小石や砂に目もくれず、リアに背面を見せている赤い着物を着た老剣士ゴバドは、全くその状態でも打ち込める隙はなかった。


……、良い判断だ小娘。ここで習得できるとは……」


 そう振り返り、ゴバドは木剣の先を地面に突いてよろよろ立ち上がるリアに、続けて言った。


……、この世界と戦う運命へと突き進んでいけば、いずれこれと抗うこととなる。今のを忘れるでないぞ小娘」


 はぁはぁ、とリアは荒い息を整えながら、地面に突き立てた木剣を支えにして頷く。


 ゴバドが続けた。


「これから言う、今のお前に教えられる最後の言葉、必ず忘れるな」


 リアに対して木刀を構え、ゴバドが口を開く。


「もし、絶対に抗えない力と対峙してしまった時……」


 よろよろになりながらも、リアが突きたてた木剣を引き抜いて構える。


 ゴバドが叫んだ。


「今ある全身全霊をもって、!」


 向かってくるゴバドの、鬼のような形をした気迫の山脈が、リアにプレッシャーを与え足がすくみ、恐怖の塊のような大きな影が感情を飲み込み、全身に震えを感じたリアに向かって目の前に飛び出してきた。




***********




 目が覚め、恐怖したリアはベッドから勢い良く飛び起きる。

 リアは荒く上がった息のまま、大量の汗を流す額を、右手で押さえる。


「どうしてこんな夢を……」


 窓の外を見ると、まだ日も出ていない真夜中だった。


「師匠……」


 懐かしさと、寂しさを感じながら、リアは昔を思い出し、眠気が再び襲うまで、思いに耽っていた。

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