第20話 クレイジーキティ1
その日はわたしたち姉妹にとって特別な日だった。
五歳の誕生日の朝、双子の姉妹の髪の長い姉のわたし――メルと、双子の姉妹の髪の短い妹――エルは同時に眼が覚め、ベッドから起き上がった。
わたしたちメルとエルの姉妹が住むアッテント村は、街から遠くは寝れた山と森の奥、大陸を縦断するヨモツピラー大山脈の麓に位置した辺境の村だった。
父はアッテント村にいる数少ない強く腕の良い猟師であった為、村の食料の確保や家畜や畑や村人を襲うモンスターの退治に、毎日大忙しだった。
わたしはそんな強い父が誇らしかったし、そしてその強さに憧れた。
いつか自分も父のように強くなり、大切な誰かを守るかっこいい勇敢な人になりたかった。
父は朝、誰よりも早く起き、村や村の周囲に以上が無いか、侵入者用に仕掛けたトラップの点検に出かける。
母は父が帰ってくるまでのその間に、朝食の支度をする。
わたしたち姉妹はそんな母の朝食の支度を手伝うのが、朝起きてからの決まった日課だった。
食器をテーブルに置き終えた頃、ショートソードを腰に携えた父は、村周辺の見回りを終えて家に帰ってくる。
「ただいまー。ふぅ、疲れた。朝っぱらからモンスターがうろついてたから退治してきたよ」
軽い口調でそう言ってのける父は、かっこよかった。
母がそんな暢気な父を心配そうに、朝食のシチューの入った鍋を持ち、テーブルに移動させる。
「あなた、大丈夫だったの?」
「あぁ、大したことなかった。でも、最近やけに多い気がするから、お前たちも村の外にはなるべく出ないようにするんだぞ」
「今度、村長が冒険者に依頼するって話かしら?」
「そうだ、こういう原因の分からない事は専門家に任せるしかないな」
一ヶ月ぐらい前から、村の周囲でモンスターの発生が多発するようになった。
村の住人で怪我人も何人か出ている。
幸い死者は出ていないが、まともにモンスターと戦える村の住人は、父を含め数人しかいない。
今は山や森の中に入る狩猟も猟師全員では行かず、分担で村の警備、畑仕事の護衛と役割を割いていた。
そのせいで村の食料の確保も余り進まず、皆困っていた。
「メル、エル」
わたしたちはショートソードを腰からはずして壁に立てかける父呼ばれ、父の元に駆け寄った。
父は壁に掛けた袋を手に取った。
その袋から、父は柄と鞘に民族の装飾がされた紐のついた短刀と、母が首から下げている手作りの木工細工のペンダントと同じものを取り出した。
「誕生日のプレゼントだ」
そう言って、父は紐のついた短刀をわたしへ、母と同じ木工細工のペンダントをエルに渡した。
「メルはモンスター騒動が落ち着いたら、前からお前が教えて欲しがってた狩の練習を一緒にしよう。エルは前から言ってた、お前が欲しがってたお母さんと同じペンダントだ。二つとも俺が作った」
「ありがとう、お父さん!」
わたしたちは父に礼を言い、お互いそれぞれ受け取ったものを眺めた。
父からのプレゼント、それは、とても嬉しかった。
この短刀を持って父と一緒に狩に出かける日が待ち遠しかった。
「三人とも、ごはんよ。早く座って」
テーブルにはシチューが盛られた皿が用意されていた。
わたしたちは母に促され、お互いに受け取ったものを身に付けて席に着き、朝食を食べ始めた。
***********
昼過ぎ、月に一度村に訪れる行商人が、荷馬車と共に村に入ってきた。
父を含め、数名の猟師たちは村を出て山菜や薬草の採集の護衛や、狩に出かけていていなかった。
村に残っているのは女集や子供、村長を含めた老人たちだけであった。
お客が来るのが珍しいこの村では、大抵、村を訪れると歓迎される。
子供たちも物珍しそうに出迎える。
当然わたしたち姉妹も、行商人を迎えた。
行商人は口ひげの生えた中年の男で、愛想がとても良く優しかった。
その行商人は、いつも母親の老婆を連れており、二人とも村人からは歓迎されていた。
行商人の口ひげの生えた中年の男の名は――エルヴァーと言い、その母親の老婆は――ムスムスールという。
息子のエルヴァーからは、母ちゃんと呼ばれるその老婆は、村人からも行商人のお母さん、という呼び方をされていた。
わたしたちの村の年老いた村長が、行商人の男に挨拶をしにいく。
「ようこそ御出でくださいましたエルヴァー殿、ムスムスール殿」
行商人が馬車を降り、恥ずかしそうに頭を掻く。
「いやいや、よしてください村長。私たちはただの行商人です。そんな気を使わなくても結構ですよ」
「とは言っても、この村ではあなたたちのことを大変重宝しております。こんな辺境までわざわざ来てくれる行商人なぞ、あななたたちだけなのですから」
「まぁこちらも商売ですから。この村の工芸品、木工細工のペンダントと民芸品の短刀も、わりと評判良いんですよ。あと種類豊富な薬草も助かってますしね」
村の住人が数人、袋詰めされた薬草と工芸品の入った木箱を積んだ荷車を引いて、行商人の傍まで寄ってきた。
「着いて早速ですが、今回の売り物です。どうぞ」
「いつも悪いね村長。では」
と、荷車に積まれた袋や木箱を開けて中身を取り出し、品を回転させながら目視で傷や傷みなどがないか品質を確認し、それを元に戻して行商人が荷馬車から金貨の入った袋を取り出す。
「じゃあ今回は金貨三枚で、大体三千ゴールドってところだね」
「それで結構ですじゃ」
「ではでは、お受け取りください」
と言って、行商人の男が袋から金貨三枚を取り出し、村長に手渡した。
「あ、後、村長にこれ上げます」
行商の男は荷馬車から小柄の黒い壷を取り出し、金貨を腰の袋に入れる村長に差し出した。
「この壷、差し上げます。いつもお世話になっているので。骨董品屋で見かけた二束三文の、大した物ではありませんが」
「おぉ、ありがとう御座います。品物まで買ってもらって、こんな物までいただけるとは」
「気持ちですよ、気持ち、プレゼント。ほんとに二束三文の物ですからね」
村長はその小柄な黒い壷を嬉しそうに抱える。
「今日もこの村にお泊りになられるのですよね。是非、ごゆっくりなさっていってください」
「えぇ、今日はお世話になります。明日の朝、出発しますので」
そう言って、行商人の男は薬草や工芸品が積まれた荷車から、買い取ったその品物を荷馬車に移し変える。
品物を移し終え、行商人とその母親の老婆が荷馬車を連れて、村の住人に案内されながら宿泊する宿に向かった。
わたしはただ、村長の手に持った小柄の黒い壷が気になり、それを遠くから見つめていた。
***********
夕方になり、狩に出かけていた父たちが、大きなイノシシを丸太に吊るして二人で担ぎ、村に帰ってきた。
イノシシはその場で捌かれ、各世帯に分配される。
行商に来ていた男とその母親の老婆の分も、宿屋の女将に余分に分けられた。
村長は行商人から小麦粉、塩、砂糖、刃物類を数本買い付けた。
その殆どは村の倉庫と穀物庫に保管されるが、少量は各世帯に分配がされる。
村には畑で収穫した小麦から製粉した小麦粉も備蓄されるが、越冬で余裕を持たせるために行商人からも備蓄分を買い付ける。
行商人が来た日は少し贅沢をし、小麦粉や調味料を余分に各世帯へ分配するのが習わしとなっていた。
わたしたちの家にも、もちろんそれは分配される。
母はそれを使い、誕生日なので夕食までにクッキーをわたしたちに焼いてくれた。
母と妹のエルとわたしで食べたクッキーは、とても美味しかったのを覚えている。
そして、晩になり、夕食となる。
わたしたちの前に、豪勢に、イノシシ肉を香辛料で焼いたもの、パン、シチューとテーブルに並んだ。
思い出の中のわたしは、その日……、とても嬉しそうな顔をした小さなわたしは、その瞬間に感じた気持ちは、とても幸せなものだったのだろう。
もう、とうにその時の気持ちなんて忘れてしまった。
その誕生日の晩の幸せな食事が、わたしたち家族が揃った、最後の食事だった。
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