第16話 昼前2 執務室のマリエッタ

 ロードネス城の執務室で、白いブラウスに丈の長いオレンジベージュのチュールスカートを履いた金髪のお嬢様――マリエッタ・ロードネスが、デスクの上に山済みにされたサイン待ちの書類と格闘していた。

 大量の書類を一枚一枚素早く丁寧に目を通し、それに手早くサインし、判を押す。

 サインを完了し、了承された書類は右の籠へ、棄却された書類は左の籠へ、却下、または差し戻しの判が押された書類は中央の籠へ振り分けられていた。


 マリエッタが一枚の書類を左手に持って、右手の持ったペンのキャップトップを潤いのあるピンク色の唇の下に当てる。


「演出用の動物の着ぐるみ三十着と昼食三十人前、アクター運搬用の荷馬車と馬のセット三台・・・・・・なんですのこれ?」


 ちょっと多すぎではないかしら……、とマリエッタは書類を眺めつつ首を傾げて唸る。


 そんな折、執務室のドアがノックもせずに慌しく大きな音を立てて開かれた。

 現れたのは城の主でありマリエッタの父――ガラム・デ・ロードネスであった。

 ロードネス卿はマリエッタの執務室へ、デスクに向かうマリエッタを捲くし立てながら、慌しく乗り込んできた。


「マリエッタ、一体どういう事なのだ⁉」


 何食わぬ涼しい笑顔で、書類を手に持つマリエッタが息を切らせる父に顔を向ける。


「あらお父様、どうかなさいまして?」


「おぬし、リアにジャックス君を押し付けたな?」


 と、語気を強めるロードネス卿はズカズカと、早足で入り口ドアからデスクの前へ直進する。


 マリエッタは慌てることなく、事態を完全に把握しているかのような余裕と、悪そうな笑みを見せる。


「押し付けただ何て人聞きの悪い、わたくしはただジャックスに聞かれたことを答えただけですわ」


 ロードネス卿がデスクの前で立ち止まり、座るマリエッタを見下ろす。


「ではあの紹介状とやらは何なのだ⁉」


「あぁ、あれですの。リアがジャックスに困らないように、ちょっと助言を記しておいただけですわ」


 煮え切らないロードネス卿は、厄介者が追い払えて心の余裕が出来たかのようなマリエッタに、更に訊いた。


「リアにもしもの事があったらどうするのだ⁉ あの子は普段から慣れているお前と違って、上手く立ち回れるほど器用ではないのだぞ」


「ご心配ありませんわお父様。リアだってもう立派な大人の淑女ですのよ。男への対処の一つや二つ、軽くできますわ。お父様が心配なされる事態には、万が一にもなりませんわ」


「それは根拠があることで、憶測で言ってはおなぬな?」


「さ、さぁ、どうでしたかしらね……」


 と、睨み凄む父からマリエッタが、曖昧な返事をして目を逸らす。

 マリエッタは状況が悪くなりそうになり、すかさず話題を変えようと、口を開く。


「それよりも、もっと事態は深刻ですの。お父様も気を引き締めてもらわなければ困りますわ」


 頭の切れる娘が、都合が悪かったので話題を変えたことを察したロードネス卿は、顔をしかめて歯切れが悪そうにしながらも、娘のマリエッタの話を聞くことにした。


「……それで、深刻な事態とは? 話したまえ」


 マリエッタは乱れた服を調える父の姿を見て、冷静な思考に戻った父の、面倒ごとに対する追求を免れたことに安堵し、話を続けた。


「わたくしのが現在調査中ですが、ジャックスの身辺にはどうも怪しい気配が漂ってますの」


「それについてはジャックス本人から先ほど聞かされた。レイモンド家の長男ローエン・レイモンドが裏であれこれやっている話であろう」


 マリエッタが軽く頷く。


「えぇ、でもそのローエン・レイモンドについて……、といいますかその裏には、どうやらソーモンのギルドが深く関わっているようですわ」


 ロードネス卿が顎に手を当てて考え込む。


「やはりそういうか……、たかが一個人の策謀としては動かしているも規模も大き過ぎる気はしておった」


「その通りですわ。今回のジャックスの件、それにローエン・レイモンドという男……、用心を怠らないほうが良いですわ」


 マリエッタがデスクの引き出しから一枚のトランプカードを取り出す。

 マリエッタはその取り出したトランプカードを人差し指と中指の先で挟み、トランプカードの表の柄を父に見せ、言った。


「目には目を、毒には毒を、ギルドにはギルドを……、ですわ」


 マリエッタが父に見せたその絵柄は、不気味に微笑みかけるジョーカーだった。


到頭とうとう、長年準備段階でしたロードネスとソーモンとの、の開始かもしれませんわ」


 そのトランプカードのジョーカーは、まるで先日の怪盗オクターがつけていた仮面のような、全てを見透かす静かで不気味な笑みをしていたのであった。

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