第34話 昼1 貧乏少女と商人貴族ジャックス・レイモンド2
青い貴族服を着た赤い髪の青年――ジャックス・レイモンドと、丈の長い茶色のスカートを履いてクリーム色の薄手の上着を羽織った少女――リア・グレイシアは、正午前に<南東商学大通り>の端になる<ロードネス噴水公園>の前にたどり着いた。
ジャックスは青い貴族服の内ポケットから銅の懐中時計を取り出し、蓋を開けて時刻を確認した後に蓋を閉めて内ポケットに懐中時計を入れる。
公園の前の石畳の道路には、主に食べ物や飲み物を扱った屋台が建ち並んでいた。
昼食を選ぼうと屋台を目移りしながら歩く二人。
丈の長い茶色いスカートを履いたリアが建ち並ぶ屋台の一つに、頭に三角巾を巻いた大柄の男が揚げ物をしている姿を見つけ、足を止めた。
屋台の中の大柄の男が丸太のような太い腕で、フランクフルトやから揚げをフライヤーで揚げている。
リアはその屋台に駆け寄って、カウンターで客を捌く従業員の男と屋台の奥の大柄の男に手を振って声をかけた。
「こんにちは、店長」
リアが働く『隣のメシヤ亭』の店長で、頭に三角巾を巻いた大柄の男――ダニエルが、屋台の外で手を振るリアに振り返った。
「おぉ、リアか。楽しんでるか?」
「えぇ、おかげさまで」
と、リアは自分が休みであることに少し後ろめたさを感じつつ答えた。
リアはジャックスに断りを入れる。
「ジャックスさん、ここで良いですか?」
「あぁ、構わない」
と、ジャックスは言い、続いて付け加える。
「それなら私はあちらでおいしそうなものを見つけたので、他の物も買ってこよう。少しその辺で待っててくれたまえ」
ジャックスは分厚い財布から十ゴールド札を二枚取り出し、リアに渡した。
「遠慮は要らない、ここは奢らせてもらうよ」
「ありがとうございます」
リアは気を使いつつも頭を下げて、ジャックスから手渡された二十ゴールドを受け取った。
ジャックスはリアにお金を渡すと、他の屋台へと歩いていった。
「すみません、ランチセット二つとアイスティー二つお願いします」
リアはフライドポテトとから揚げとフランクフルトが入ったランチセットとアイスティーを二つ注文した。
店員の男が笑顔で赤い箱の中にフライドポテトとから揚げとフランクフルトを入れて蓋を閉める。
隣の従業員がドリンクサーバーから氷の入ったカップへ紅茶を入れる。
二人の従業員は無駄のない素早い動作で手際よく、商品を揃えて袋に入れる。
リアは赤い箱に入ったフライドポテトのセット二つとドリンクが二つ入った袋を、カウンターの店員から受け取って、合計五ゴールドを十ゴールド札で支払った。
笑顔の男性従業員から五ゴールド硬貨を受け取り、リアは店の店員と店長に挨拶をしてその屋台を離れる。
リアが少し待っていると、箱を持ったジャックスが近づいてきた。
「とりあえず、公園でどこか座れそうなところを探そう」
と、ジャックが言うとリアは頷いた。
二人はそれぞれ食べ物が入った箱と袋を持ち、屋台が建ち並ぶ石畳の道から公園へと入っていった。
噴水を取り囲むように並ぶベンチは満席で、ジャックスとリアは座る場所を探す為に少し歩く。
噴水から離れた森林を背にして並ぶベンチが空いており、二人は少し間を開けてそこに腰を掛けた。
ジャックスとリアの二人の間に、リアは二つの赤い箱の入った袋とアイスティーの入った袋を置き、ジャックスは自分で買った串に刺したイカの姿焼きが二つ入った箱を置いた。
「ネスの港の屋台ではよくあるんだ」
と、イカの姿焼きの箱を開けながらジャックスが言った。
リアが赤い箱の一つとアイスティーをジャックスに渡す。
「あと、これお釣りです」
リアから差し出された十ゴールド札と五ゴールド硬貨を見て、ジャックスは掌を向けて首を横に振る。
「いや、いい。今日はつき合わせてしまっているからね」
と、先ほどの店の店員とのやり取りをするリアを見て、ジャックスは気を使ってそう断った。
「でも……」
「このあと、メイドに教えてもらったアクセサリー屋があるのだがそこに行こうと思う。そのお金はそこで使ってくれると嬉しい」
「アクセサリー屋ですか」
「あぁ、安くて趣味がいいので是非行ってみると良いと言われた」
「それなら、その時までとっておきますね」
と、リアは少し気まずそうに装いつつ、そそくさと財布にお釣りを入れた。
「では頂くとしようか」
ジャックスは赤い箱を開けてフランクフルトの棒を持ち、口に含む。
リアはイカの姿焼きの棒を持ち、それを
お互いに美味い、と表情を緩めて声を漏らす。
ジャックスとリアは軽い会話を交えつつ、二人の間に吹き抜ける木陰の温い風を時折感じながら、食べ終わるまで和やかに食事をしていた。
食事を終えて、二人は紙のカップに入ったアイスティーをストローで吸いつつ、くつろいでいる。
リアはゴミになった箱と串を袋に入れる。
カップを手に持つジャックスが、リアに目を向けず口を開く。
「ユリウスは、どこか変わった様子はないか?」
唐突にジャックスに訊かれ、リアはゴミを片付ける手を一瞬止める。
「え、まぁ、変わっているといえばいつもそうですけど……、何かあったのですか?」
「実は数日前、マリエッタとユリウスに酷いことをしてしまってね、すまないと思っている」
リアは母の誕生日だった日を振り返ってみると、確かに様子のおかしかったマリエッタと兄のことを思い出し、そのことを納得する。
「あぁ、あの日ですか……」
「昔からあの二人を見ていると、どうしても気持ちが抑えられなくなるんだ」
リアが目を伏せて悲しそうな顔をするジャックスを横で見つめる。
ジャックスが続ける。
「どうして自分は二人に対してそんなことをしてしまうのか、昔から疑問に思っていた……」
ジャックスは右手に持ったカップを、トントンと指で叩き続ける。
「小さいころはマリエッタと仲良くするユリウスを見ていて、自分の好きな物が取られているような、そんな嫌な気持ちを味わいよくユリウスに突っかかっていったものだ」
ジャックスは思い出話を続ける。
「ユリウスは大学まで飛び級で通わせる話が出るほど頭も飛びぬけて良かった。運動試験も大人の記録に迫るほどで、常人とは思えないぐらいの才能の塊のようなやつだった。成績は学年で常にトップだったユリウス。凡人の私は優秀なユリウスと自分を比べて、負けているような感覚をずっと背負っていた」
ジャックスはカップを叩く指を止める。
「しかし、ユリウスはあまり他の子と接しようとはしなかった。唯一、マリエッタだけがやつと心を通わせているかのように、楽しそうに話していた存在だった。私はそんな彼らが羨ましくて仕方なかった」
ジャックスは変わらず悲しい目をしている。
「私はユリウスとマリエッタまでにはいかないしても、成績も運動神経も良かった。ユリウス、マリエッタ、私の順で成績が上から並んでいることがあたりまえだったほどだ」
ジャックスは再びカップを指で叩き始める。
「きっかけは何だったか忘れたが、私たちは次第に一緒に過ごすようになっていった。私もユリウスと同様に友と呼べる者はいなかったからな……。いや、近い年のマリエッタがいる分、従者しか話し相手のいない私のほうが酷かったかもしれない。マリエッタ、ユリウス、私の三人は、そうして学園での日常を一緒に過ごすようになった。自然とグループになってしまう関係が学校ではよくあるが、君も経験があるんじゃないか?」
「えぇ、確かに」
リアは冒険者になった友人たちの顔を思い出しつつ、頷いた。
ジャックスは続ける。
「私はユリウスから不思議な話を何度も聞かされた。私はその空想のような話を聞くのが好きだった。さっき、君がパレードで言ってたような話しをね」
「はい、確かに兄の話は、突拍子もない話ですが面白いとは思います」
「今の私はユリウスのあの不思議な話が土台になっているに違いない。趣味の骨董品集めも、もしかしたら別の世界の物がまぎれているかもしれないと、そういう期待から始まって、今では商人としての目利きが培われたものであるし、人や環境の観察などの観察眼も、もしかしたら別の世界から来た人が紛れているかもしれない、と思いながら養われていったものだ」
リアは珍しく他人から聞ける兄の話に興味があり、黙ってジャックスの話を聞き入れる。
ジャックスはリアに振り向かず、話を続ける。
「ユリウスと私はよく喧嘩をした。大体、悪いのは突っかかっていく私のほうだったが。いつもその間にマリエッタが割って入って止められた。そういえば、この前もそうだったな……」
そう言って、ジャックスは思い出し軽く笑った。
「ある日、マリエッタがユリウスと私を招いてお茶会を開いたんだ。父からプレゼントされたヌワールのセットを大事そうに取り出してね。私たちの喧嘩を見かねて、仲良くしてもらおうとマリエッタは頑張って考えたんだと思う」
ジャックスは再び悲しい目をする。
「しかし、そのお茶会は私が彼女が大事そうにしていたヌワールのセットともにぶち壊して失敗してしまった。私はあの時、自分の衝動を抑え切れなかった」
ジャックスは軽く手に持ったカップに力を込めた。
「あの時のことを私は何度も自問自答した。マリエッタが好きだったからか、それを横取りするユリウスが憎かったからか、ただ単に私がユリウスのことが嫌いだったからか、私は元より他人と仲良くすることが出来ずに、その仲良しな空気が嫌だったからか……、当時はいくら考えても衝動の正体が分からなかった。私はそれ以来、人に対して絶対に暴力を振るわないと誓った。付け加えて、自分の我がままで暴走しそうな時は、あのお茶会のときのことを思い浮かべて、問題を起こさないように勤めるようになった」
ジャックスが続ける。
「次の日、私は謝ろうとしたが、ユリウスはいなくなっていた。お茶会が開かれた夜は、君も知っている例の事件があった日だったからだ」
「……」
それを聞き、リアが目を伏せた。
「すまない。気を悪くしてしまったようだ。話を戻そう」
影を落として黙って俯いてしまったリアを気遣い、そう言ってジャックスは続けた。
「マリエッタにはちゃんと頭を下げて、ヌワールのセットも弁償した。まぁ、彼女もあのときは突然いなくなったユリウスのことでそれどころではなかったが……。私は、三人での日々はもう二度と取り戻せないと知って、酷く後悔した。馬鹿な私は、いなくなってようやくユリウスが友であったことを心の底から自覚した」
ジャックスが一つ息を吐き、続けた。
「よくやく、最近になって私は分かったんだ。マリエッタを取られたから嫉妬していたわけではない、ユリウスが嫌いだったから突っかかっていたわけじゃない……」
淡々と語っていたジャックスが、少し感情を出して口を開いた。
「私は二人に置いていかれるのが嫌だったんだ。二人が仲良くしていると、すごく不安になった。自分は二人の目に映っているのだろうか……、自分はただそこに立って、二人の空間の中には認識されておらず、視界に入っていないのではないだろうか……、二人は私が思うように、私のことを友と思っていないのではないだろうか……、私はなぜか近くで立っている邪魔な人間ではないのだろうか……。ユリウスとマリエッタに対しての我がままの様な苛立ちの原因……、どす黒い衝動の正体は、私が二人と会う前から感じていた、父も母も兄弟とも普通に接することが出来ない環境で育った、漠然とした孤立感による孤独だった」
ジャックスが息を吐き、続ける。
「孤独が私を衝動的に動かして、マリエッタとユリウスに迷惑をかけていた。今ならそれと向き合い、心の底から二人に謝れるような気がする」
リアに振り向き、ジャックスが言った。
「私が謝ったら、二人は……、ユリウスはあのお茶会のときのこと許してくれるだろうか?」
リアは軽く首を振って横に嫌な顔をせず、考えて答える。
「今のジャックスさんなら、きっと大丈夫ですよ。それにお兄さまはジャックスさんほど思いつめて、昔のことなんて気にしてないだろうし」
「そうか……、お陰で決心がついたよ」
今まで誰にも吐露しなかった気持ちをリアに打ち明けて、過去に負った心の支えが少し取れたのか、安心したジャックスの顔から笑みが漏れる。
少し元気になったジャックスがアイスティーを飲み干す。
リアはもう既に空になったカップをゴミを詰めた袋に入れた。
ジャックスは青い貴族服の内ポケットから銅の懐中時計を取り出し、蓋を開ける。
「良い時間だ。ではアクセサリー屋に行ってみることにしよう」
リアは頷き、ゴミの入った袋を持ってベンチから腰を上げて立った。
ジャックスも服の内ポケットに懐中時計を入れて立ち上がる。
二人はこれから予定していたアクセサリー屋に向かうため、木陰のベンチを後に歩き出した。
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