第35話 昼2 貧乏少女と商人貴族ジャックス・レイモンド3

 学生祭が開催されている<南東商学大通り>周辺のエリアを離れ、赤い髪の貴族の青年――ジャックス・レイモンドと、丈の長い茶色いスカートを履いた少女――リア・グレイシアは、ジャックスの言うアクセサリー屋がある街の南南東エリアにいた。


 ジャックスがアクセサリー屋の位置を示しメモした地図を手に持ち、何度も周囲を確認しながら、住宅地が続く路地を進む。

 大通りから外れて裏路地の細い通りを一時間近く歩き進み、漸くジャックスとリアは目的地の、寂れた建物が建ち並ぶ、アクセサリー屋の前に到着した。


 ジャックスが地図と目の前に立つ二階建ての薄汚れた建物を見比べて口を開く。


「ここがメルの言っていたアクセサリー屋か……」


 小汚い建物の一階には店を覗く窓はなく、ドアの上に看板が掲げられているだけで、一見しただけではアクセサリー屋どころかその建物がお店だということを判断できなかった。

 小汚い建物の脇には、人が二人並んで歩けるほどの細い道があり、背丈を越える高い鉄柵の扉が、小汚い建物脇のその細い道を塞いでいた。

 リアがその鉄柵の扉で閉められた脇の道を見て、何かを思い出した。


「あぁ、ここって確か、地下水路の入り口の近くだったはず、こんなところにお店があったなんて……」


 ジャックスがリアの横顔を見てから、メモをポケットにしまい、小汚い建物のドアの上に付いている薄いペンキで店名の書かれた看板を再び見上げた。

 『なんでもアクセサリー』という、どこか吹っ切れた投げ遣りな店名だった。

 ジャックスが小汚い店のどんよりとした雰囲気に呆気に取られながらも店名を呟く。


「なんでもアクセサリー、分かりやすいな……」


 咳払いし、ジャックスがリアに振り向いて言った。


「とりあえず、中に入ってみよう」


 リアは嫌がる素振りを抑えつつ作り笑いをして頷き、ドアの取っ手に手をかけて怪しげな店のドアを開けるジャックスの背後に立った。


 カラン……、と静かにドアベルが鳴る。

 何故か湿気ってカビ臭く、床板にコケが生えていそうなボロい店内は、明かりはなく薄暗かった。

 ガラス張りの商品棚が左右の壁に立っていいる。

 店の中央には低い硝子のショーケースが二つ並んでいた。


 ジャックスが店内に足を踏み入れると、ギシ、という床板の木の軋む音が響いた。

 暗い店内に入っていくジャックスに続いて、リアも店内に足を踏み入れる。

 ギシ、ギシ、という強度が心もとない床板を踏むたびに鳴る木の軋む音が、二人が足を踏み出すたびに明かりのない暗い店内に響く。


「ふ、不思議な雰囲気のお店ですね……」


 ドアが閉まり、不気味な店内に怯えつつ、リアが作り笑いでそう言った。

 ジャックスが中央の硝子のショーケースの中を、上半身を屈ませて見つめる。


「一応、値段は安くはあるようだが、暗くてちょっと見づらいな……」


 暗すぎてショーケースの中の商品が良く見えず、値札を確認しつつジャックスは目を細める。

 リアもジャックスに近づいてショーケース内の商品を眺めるが、ジャックス言う通り、目を凝らしても良く見えない。


 店のカウンター奥から、老人の声がする。


「いらっしゃい……」


 老人の声が急に聞こえて、リアが軽い悲鳴を上げ、怯えて振り返る。

 店のカウンター奥に、黒いローブを羽織った人影が見えた。


「照明がないようだが、今日は休みだったか?」


 ジャックスがそう訊くと、カウンター奥の黒いローブの老人が答える。


「いえ……、大変申し訳御座いません……、休みではありませんが、今日丁度照明が壊れてしまいまして……」


 暗がりの中、不思議とよく通るその老人の声が、少し間を置いて続いた。


「ご迷惑おかけしますが、目を凝らして良く見ていただくしか……」


 そう言われて、ジャックスはショーケースに顔を近づけて、目を凝らす。

 リアも真似して、ショーケースに顔を近づけて、首を傾げつつショーケース内に並んでいる商品を眺める。


「やっぱり、見えないな……、今日は日が悪かったようだ」


 顔を上げ、ジャックスは違和感を感じ目を擦った。


「あれ、暗いというか……、なんか霞んで……」


 リアもショーケースから顔を上げ、店内を見る。


「ほんとだ、なんか見えにくい……」


 目を擦り、リアが周囲に目を凝らす。

 背後のドアから、カチャリ、と鍵のしまる音が二人の耳に聞こえた。

 振り返ろうとしたが、重い身体に違和感を感じ、リアが口を開く。


「あれ、身体が痺れて……」


 いつの間にか、店内は薄紫の濃霧に覆われており、一寸先も見えなくなっていた。

 リアは動かそうにも言う事をきかない身体に、脳の命令を阻むような痺れを感じ、危機を察した。


 霧で真っ白になった店内に、カウンター越しの黒いローブを着た怪しい老人の声が響く。


「ドリームノック」


 ジャックスとリアの二人の周りに、無数の時計の幻影が現れ、針が進む音が響き続ける。


「なにこれ……」


 カチカチカチカチ、と不協和音のようなちぐはぐな針の音が、反射で耳をふさいだリアの頭の中に響き渡る。

 ボーン、ボーン、ボーンと、時計の振り子が現れ、何度も鐘を鳴らす。


 リアは手で耳を塞ぐが、時計の音は頭の中で鳴っているかのように響き、その音が子守唄のように眠りを誘う。

 バタン、とリアの目の前のジャックスの身体が力なく地面に倒れた。


「ジャックスさん……」


 リアが力なくそう声を発する。


 時計の鐘の音が次第に大きくなっていき、意識が遠のいていく。

 リアは薄れていく意識の中、なんとか意識を保とうと堪えて抵抗するが、すぐに耳を塞いでいた手だだらんと垂れ下がり、ふらふらと身体を揺らした後、ショーケースにぶつかりながら意識を失い、うつ伏せになって地面に倒れこんだ。


 店内は静まり返り、ジャックスとリアの二人が意識を失ったことを確認したかのように、二人が倒れてから数秒で白い霧はすぐに晴れていった。

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