第36話 昼3 開幕

 小汚い建物『なんでもアクセサリー』の明かりのない暗い店内の奥にドアがあり、そのドアの奥にリビングとキッチンが一緒になった広い部屋があった。

 黒いローブを着てフードを被った三人組が、その部屋に立っていた。

 足元には青い貴族服を着た赤い髪の青年――ジャックス・レイモンドと、丈の長い茶色いスカートを履いた少女――リア・グレイシアが、手足を縛られ起きる気配もなくぐっすり眠って横たわっている。


 黒いローブを着た左目に片眼鏡をかけた白髪の老人――ガルマンダが、片膝を立ててしゃがみ、眠ったままのジャックスに布で口を縛って猿轡さるぐつわをする。

 黒いローブを着た眼鏡をかけた黒髪の女――メルが、ガルマンダと同じように片膝を立ててしゃがみ、眠ったままのリアに布で猿轡さるぐつわをする。


 黒いローブを着た口元の左下にほくろがあるセミロングの黒髪の女――エルが、黒いローブの裾を少し上げて、ローブをはだける。

 エルの黒いローブの中からメイド服の白黒のスカートが覗く。


「これでこのメイド服ともさよならか……」


 残念そうにエルがそう言った。

 ガルマンダとメルは手足を縛られて横たわるジャックスとリアを見つめたまま、黙って立ち上がる。

 ガルマンダが一息吐き、メルとエルに命令する。


「お前たち、その二人は任せるぞ。私は地下水路でお前たちを先導する。術の発動もあるのでな……」


「了解」


 と、メルとエルの二人は手足を縛られたジャックスとリアを、互いに軽々拾い上げて肩に担いだ。

 ガルマンダと、リアを肩に担いだメルと、ジャックスを肩に担いだエルの三人は、顔を見合わせて頷いた。


 ガルマンダが部屋の奥にある、建物の裏口のドアを開けて出た。

 軽く周囲を警戒して見渡し、人が居ないことを確認したガルマンダが、部屋の中にいるメルとエルに振り向き、顔を振って部屋の中の二人に合図する。


「こい……」


 ジャックスとリアを担いだ二人がガルマンダに続いて、建物の裏口に出た。


 裏口から出ると、数歩先のすぐ傍に、地下水路に通じる鉄柵でできた錆付いた扉がある。

 鍵を予め開けておいた地下水路への入り口になる錆付いた鉄柵の扉を押し開き、ガルマンダが後ろの二人を手招いた。


 ジャックスを肩に担いだエルと、リアを肩に担いだメルは、錆付いた鉄柵の扉を押し開けて押さえているガルマンダの脇を通り抜け、地下水路の階段を下りていく。

 ガルマンダは錆付いた鉄柵の扉を静かに閉めて、二人の後ろから続いて階段を下りていく。


 地下水路への階段を下りきると、ロードネスの地下を蜘蛛の巣のように張り巡らされた広い水路が現れる。

 地下水路は生活用水の水路と生活排水用の水路に分けられているが、メルとエルのの目の前に流れている水路は、少し匂いの漂う生活排水用の汚れた水路だった。


 ガルマンダが階段を下りてくるのを待っていた二人は匂いで少し顔をしかめる。


「匂いはそのうち慣れるだろう」


 そう言いながら階段からガルマンダが現れる。


「これから三時間が二人が起きるまでのタイムリミットだ。この地下水路を通って壁外の川にある出口まで向かい、目的地の廃教会まで我々は走り続ける。準備は良いな?」


 ジャックスを担いだエルと、リアを担いだ眼鏡を掛けたメルが、ガルマンダに頷いた。


 ガルマンダが右手の人差し指と中指を立てて、薬指、小指、親指を折り曲げて印を結ぶ。

 顔の前で印を結び、片眼鏡をかけた隻眼のガルマンダが術を発動し、声を上げた。


「スキル 夢躁妖兵むそうようへいの術!」


 ガルマンダが印を結んだ手の前に、オレンジ色と赤い魔方陣が現れてクルクルと回転し融合した後、光を放ってそれが消えた。


 片眼鏡をかけた隻眼のガルマンダが、ニヤリと笑みを漏らし、言った。


「さぁ、我々の送別会の開幕だ。精々楽しんでくれたまえ……」


 ガルマンダは続けて言った。


「我々は、必ずソーモンへ復帰する!」


 黒いローブを着た白髪のガルマンダが、地下水路の歩行通路を走り出した。

 それに続いてリアを担いだメル、ジャックスを担いだエルも足を踏み出し、地下水路の出口に向かって走り出した。

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