第37話 昼4 襲撃とマリエッタお嬢様
昼食の休憩時間も過ぎ、大学校舎前の学生祭大舞台では、学生たちが演じる演劇の舞台が行われていた。
真紅のワンピースドレスを着た金髪の美しい女性――マリエッタ・ロードネスは、その舞台の鑑賞会に招待されていた為、舞台前の観覧席で椅子に座り、学生たちの鬼気迫る迫真の演技を見守っていた。
演目は古い古典となった劇で、とある騎士と姫との叶わぬ恋の話だった。
真紅のワンピースドレスを着たマリエッタが手に汗握り、舞台の上で騎士が姫の腕に誓いの縄を巻きつけているシーンを食い入るように見ている。
昼休憩終わりから始まって、長く続いた舞台は佳境を迎えている。
左腕に騎士から受け取った誓いの縄を巻きつけた姫が、今度は自分の髪を縛っていた薄いピンクでレースのリボンを、騎士の左腕に巻きつける。
そこで、二人はゆっくりと唇を近づける。
真紅のワンピースを着た金髪のマリエッタが、握った手に力をこめて胸中で二人を応援し、徐々に顔を近づける姫と騎士を、固唾を呑み食い入るように手をわなわなと振るわせ見つめる。
姫と騎士の唇が重なろうとしたその時、黒いローブを着てフードを被った魔道士が舞台に現れた。
突如、姫と騎士の背後に現れて舞台に乱入した黒い魔道士は、物静かに立ち尽くしている。
ぬっと現れた黒いローブを着てフードを被った魔道士にの気配に気づき、舞台の上の姫と騎士が振り返った。
「だ、だれ……?」
騎士と手を握り合っている姫が、黙ったまま立ち尽くす不気味な黒い魔術師の姿を見て、困惑してそう言った。
特殊なメイクなのか、黒いローブの魔道士のフードの中は黒い霧のような靄に覆われて顔が全く見えなかった。
姫は騎士の手をぎゅっと握り、魔道士の顔を見つめて怯えていた。
姫の手を強く握り身体を腕で引き寄せた騎士が、黒い霧がフードの中に充満して顔の見えない黒いローブを着た魔道士に向かって声を上げる。
「だ、だれなんだ貴様は⁉」
様子のおかしい舞台上の姫と騎士を、相変わらず手に汗握ってマリエッタが固唾を呑んで見守っている。
黒いローブを着た顔の見えない魔道士が、ローブの袖から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
黒い魔道士は羊皮紙を広げて、淡々と言葉を口にした。
「ファイアボール……」
黒い魔道士が言葉を発すると、羊皮紙から顔ほどの大きさの煌々と赤とオレンジ色に照る火の玉が浮き上がった。
羊皮紙から浮き出た顔ほどの大きさの火の玉が、騎士と姫に目掛けて飛び出した。
直線に飛んだ火の玉の軌道は徐々に上空に逸れていき、騎士と姫の頭上を越えて、大舞台の上部に激突した。
姫が恐怖して悲鳴を上げる。
騎士が慌てて姫の手を引き、大舞台を袖の階段から駆け下りていった。
「だ、大迫力ですわ……」
目の前で起こった出来事に感心して、金髪のマリエッタが目を輝かせる。
大舞台の上部天井付近が燃え上がり、火の玉がぶつかった衝撃と炎上で、上部の一部木枠と布が燃え崩れ落ち、火の粉を撒き散らしながら舞台上に落下する。
演出なのか判断できず困惑してざわつく観客たちも、次第に状況を理解して悲鳴を上げ、逃げ出す者が続出する。
黒いローブを着た黒い霧で顔の見えない魔道士が、今度は観客席に向けて羊皮紙を広げ、また言葉を発する。
「ファイアボール……」
羊皮紙から煌々と赤オレンジ色に照る火の玉が浮かび上がり、飛び出した火の玉が逃げ惑い始める観客たちの頭上を飛び去っていく。
火の玉は校庭に植えられた木に衝突し、火の玉がぶつかった木は燃えがる。
漸く、観客たちの前に学生祭のスタッフたちが慌てて押し寄せ、避難を呼びかける。
「避難してください!」
口に拡声器のように手を当ててスタッフの一人が観客に避難を促す。
観客たちは椅子をから身を投げ出し、大慌てで舞台から遠ざかる。
「今まで見たこともない、心踊る見事な舞台演出ですわ……」
舞台で巻き起こった判断しがたい状況に熱中していた真紅のワンピースドレスを着たマリエッタは、逃げ惑う観客たちを尻目に、立ち上がったまま目を輝かせて舞台を見つめ、舞台に目が釘付けのまま動かなかった。
スタッフの一人が慌てて真紅のワンピースドレスを着たマリエッタに駆け寄り、手を方に置いて揺すった。
「マリエッタ様、危険ですのでこの場から離れてください!」
「え、これはもしかして、舞台の演出ではなくて?」
我に返り、呆けた顔で振り返る金髪のマリエッタに、スタッフが大声を上げる。
「何を言っておられるのですか! 人に危害を加えるようなこんな危険な演出はありません!」
黒いローブを着た魔道士が羊皮紙を広げ、再び言葉を発すると、火の玉が羊皮紙から飛び出す。
火の玉はマリエッタの上空を越え、背後の観客席を越えて地面に衝突し、軽い炎を巻き上げて消滅する。
頭上を飛び去って燃え上がり消滅した地面が黒くこげた火の玉の跡を、マリエッタは振り返り凝視し、口を開く。
「これは、一体……」
真紅のワンピースドレスを着たマリエッタが、再び舞台の上に振り返り視線を黒い魔道士へ移す。
舞台の上では黒いローブを着てフードを被った顔の見えない魔道士が、羊皮紙を手に広げて立っていた。
身体の大きな体育会系の男のスタッフ数人が、棒の先に三日月形の枠が着いた刺股を手に持ち、黒いローブを着た魔道士が立つ舞台に上がってきた。
マリエッタの横にいるスタッフが、声を上げる。
「マリエッタ様、早く避難を!」
「少し待ちなさい、どうも様子がおかしいですわ……」
屈強な身体の体育会系のスタッフたちが刺股を手にし、黒い霧で顔の見えないフードを被った魔道士を取り囲む。
スタッフたちは刺股を突き出し、顔の見えない魔道士に向かって飛び出した。
刺股を黒い魔道士に当てたスタッフが声を漏らす。
「なに⁉」
黒いローブの魔道士に四方から突き出された刺股が触れた瞬間、その場から霧のように魔道士の姿が霧散し、消えた。
困惑し、刺股を握るスタッフたちが周囲を警戒する。
「何処に消えた⁉」
真紅のワンピースドレスを着た金髪のマリエッタが、気配を察知し、舞台の下の左端に振り返る。
「下です! いましたわ!」
舞台から姿を消した黒いローブを着た魔道士が、舞台下の観客席付近に立っていた。
真紅のワンピースドレスを着たマリエッタは身構え、腰に巻きつけているリボンに隠し持っていた、特殊な金属で加工された鉄扇を取り出した。
宝石などで装飾された白い鉄扇を左手に持ち、真紅のワンピースドレスを着たマリエッタが魔道士に身体を向け、構えた。
「警備兵はまだですの?」
マリエッタがスタッフにそう訊く。
「急いで連絡したのでもうすぐ到着するかと……。それよりもマリエッタ様、危ないですのでお下がりください」
「いえ、どうやらこの場はわたくしがお相手したほうが良さそうでしてよ」
「ですが……」
「あなたも下がっていなさい。危ないですわ」
はい……、と不安そうにスタッフがマリエッタから離れていく。
舞台下の椅子が散乱した観客席前に立つ黒いローブを着て立っている魔道士を、金髪のマリエッタは左手に持った白い鉄扇を構えたまま凝視する。
「黒い霧で顔を隠している……、不思議な魔法ですわ。幻惑か幻影魔法か……、いずれにしても魔力の気配から察するに、一般的ではない特殊な魔法であることには変わりませんわ」
黒いローブを着た魔道士がマリエッタに身体を向け、羊皮紙を広げて言葉を発する。
「ファイアボール……」
羊皮紙から火の玉が飛び出し、真紅のワンピースドレスを着たマリエッタに向かってくる。
マリエッタが右手をかざし、魔法を唱えた。
「ファイアカーテン」
マリエッタのかざした右手の掌の前に赤い魔方陣が現れ、次にマリエッタの前を壁のようにして炎の布がひらひらとカーテンのように宙に出現した。
火の玉は炎のカーテンに衝突し、静かに吸収されて消滅した。
炎のカーテンが立ち消え、マリエッタが白い鉄扇を構えて走り出す。
黒いローブを着た魔道士に駆け寄り距離を詰め、真紅のワンピースドレスを着たマリエッタは左手に持った白い鉄扇を振りかぶり、魔道士に向かって斬りかかる。
黒いローブに白い鉄扇がぶれた瞬間、ふっと霧のように黒いローブが霧散し、また陽炎のように魔道士の姿が忽然と消えた。
金髪のマリエッタが黒い魔道士の気配を感じ、すぐさま後方の上空に振り返る。
黒いローブの魔道士が、マリエッタが振り返った後方の上空から落下する。
マリエッタは左手に持った白い鉄扇を広げて、空中の黒いローブの魔道士向かって一振りする。
「エアカッター」
虚空を振った白い鉄扇の先から弧の字の風の鋭い刃が出現し、宙から落下する魔道士に一直線に向かって飛び出す。
白い鉄扇から飛び出した風の鋭い刃が魔道士の黒いローブに触れると、また魔道士の姿は霧のように霧散し消えた。
弧の字の風の刃は空を切って、そのまま上空に飛び去っていく。
マリエッタはすぐさま周囲を見渡し、ゆらゆらと姿勢を正し立つ黒いローブを着た魔道士を見つける。
「エアカッター」
マリエッタが振った白い鉄扇から弧の字の風の刃が、黒いローブの魔道士に目掛けて飛び出す。
弧の字の風の刃が黒いローブに触れると、また魔道士の姿が霧のように霧散して掻き消える。
マリエッタが右手の掌を地面にかざし、魔法を発動する。
「オーバーセンス・デンジャーディテクション」
円形の黄色い魔方陣がマリエッタの足元に出現し、クルクルと回転した後、マリエッタの身体が黄色いオーラに包まれ光を放ち消える。
「ファイアボール……」
黒い魔道士の声と魔力の気配を感じ、マリエッタが背後に右手をかざす。
「ファイアカーテン」
マリエッタの右手から赤い魔方陣が飛び出した後、炎カーテンが現れ、向かってきた火の玉を衝撃と共に吸収する。
羊皮紙を広げて現れた魔道士に、右手をかざしたままマリエッタが更に魔法を発動する。
「アイスチェーン」
魔道士に向かってかざした右手の掌の前に青い魔方陣が出現し、その魔方陣から氷の輪で幾重にも繋がれた鎖が何本も束になって飛び出す。
飛び出した氷の鎖が、黒いローブの魔道士の身体に巻きついていく。
マリエッタは氷の鎖の束を力強く握り締めそれを引くと、氷の鎖は魔道士の身体をきつく縛り上げた。
「この魔法は効くようですわね。ならば……」
と、マリエッタが右手から氷の鎖の束を手から離す。
「フリップ」
パチンと、マリエッタが右手の指を擦って指を鳴らすと、手から離れた氷の鎖がうねうねと蛇のように撒きついて締め上げる。
「ピラー」
マリエッタがそう言葉を発すると、突如、氷の鎖で締め上げられた黒い魔道士の身体が、氷の柱に包まれて凍り固まった。
マリエッタは氷の柱に包まれて凍り動かなくなった黒い魔道士を見つめ、拘束できたかを疑いながら、息を整え立ち尽くす。
騒ぎの中、漸くロードネスの警備兵たちが駆けつけたことを確認し、マリエッタは安堵して息を吐いた。
「マリエッタ様、ご無事で」
槍を手に持ち軽い甲冑を装備した鉄仮面の警備兵の一人が安堵するマリエッタに近づき、声をかける。
「えぇ、なんとかなりましたわ」
鉄仮面の警備兵が今街で起こっている大まかな状況を、冷静にマリエッタへと伝える。
「実は先ほど連絡があり、街の各地で似たようなのが暴れているそうです」
マリエッタが深刻な顔をして手を頬に当てる。
黒い魔道士を閉じ込める氷の柱を見上げた鉄仮面の警備兵が、頬に手を当てて考え事をする神妙な面持ちのマリエッタに訊く。
「これは一体……」
氷の柱の中で動かなくなった黒い魔道士の周りを、槍を持った警備兵たちが取り囲む。
「今から魔法を解きますので、あなたたちにはすぐに拘束していただきますわ」
「了解しました」
マリエッタは右手の指を鳴らした。
「リフト」
パチン、と指を鳴らしたマリエッタが言葉を発すると、氷の柱が澄んだ氷の砕ける音を立てて割れて上から崩れ、中から動く様子のない黒いローブの魔道士が現れ、そのまま地面にうつ伏せに突っ伏し倒れた。
「拘束しろ」
と、鉄仮面の警備兵のが合図すると、縄を持った警備兵が地面に倒れている黒い魔道士をきつく縛り上げていった。
マリエッタが鉄仮面の警備兵に言った。
「特殊な魔法を使うのであなたたちでは手に負えないですわ。専門家の多い冒険者ギルドか傭兵ギルドへ連れて行きなさい」
「はい、了解しました。行くぞお前等」
動かなくなり縄で縛り上げて拘束した黒い魔道士を、警備兵が担ぎ連行していく。
「わたくしは冒険者ギルドに用があるので、今からそこへ行きますわ」
「では、危ないですので数名護衛を付けさせていただきます」
「いえ、あなたたちは市民の避難を速やかに行ってくださいまし。わたくしは御覧の通り一人でも大丈夫ですわ。それに今頃各ギルドも事態の収拾に向けて動いているはずでしてよ」
「はい、ではそのように致します。マリエッタ様、お気をつけて」
鉄仮面の警備兵はそう言うと、市民の混乱を抑えるために各々、騒ぎの起こっている地点へ散っていった。
真紅のワンピースドレスを着たマリエッタは気を引き締め、白い鉄扇を腰のリボンに入れ、一刻も早く冒険者ギルドへ向かうために足を踏み出した。
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