第32話 朝1 学生祭

 ロードネス中央区の貴族用ホテルから馬車に乗り、ロードネス東部の学生区の大学校舎前で降りた青い貴族服を着た青年――ジャックス・レイモンドは、待ち合わせの開会式会場の大舞台の広場で、ウエイトレスの少女リアを少し早く到着して待っていた。

 ガルマンダ、メル、エルの三人の従者はホテルで別れた。

 ジャックスは一人で待ち合わせ場所の大学校舎前へ来たため、話し相手もいないただ立っているだけの時間を、校庭の初代学園長の銅像前で過ごす。


 ジャックスは眼鏡をかけたメイドのメルと事前に打ち合わせをし、ウエイトレスの少女リアとの学生祭デートプランは大まかに二つ用意してあった。

 一つは、リアが学生の出し物を見学しようと言った場合、学校校舎を効率よく見て回るように地図も出し物も事前に頭に入れて予習済みだった。

 もう一つはリアが大通りのパレードを観たいといった場合、歩行者専用道路となる<南東商学大通り>を<ロードネス噴水公園>を出発して行進するパレードを見るため、大学校舎から大通りに出て進み、途中の出店を見て回る計画だった。


 その二つとも、昼食を終えた午後には大通りから外れたメルおすすめのアクセサリー屋を訪れ、そこでリアに何か気に入ったものをプレゼントする予定となっていた。

 眼鏡をかけたメイドのメルが言うには、九割の確立でリアはパレードを見ることを選ぶだろう、と予見していた。


 昨夜からいろいろな事態を想定して、メイドのメルと一緒に予行練習を行ってきた。

 その練習を思い出しながら、少し緊張しつつも、ジャックスは落ち着かない様子で腕を組んでリアを待つ。


 ジャックスは青い貴族服の内ポケットから銅の懐中時計を取り出し、蓋を開けて時刻を確認する。

 今の時刻は九時二十分、待ち合わせの九時半までまで後十分もある。

 学生祭は九時三十五分から開会式を行い、大体九時四十五分頃に開催の合図で開幕する。


 ジャックスはソワソワしながら何度も懐中時計の蓋を開けて時刻を確認し、周囲を見渡す。

 時計の針が九時半を示そうとしたところで、ジャックスの視界に遠くから近づいてくる、カジュアルな格好をした少女の姿が目に映った。


 肩から小さなポーチを提げて、茶色い丈の長いスカートにクリーム色の薄手の上着を羽織った少女――リア・グレイシアが、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見回しながら歩いてきていた。

 すかさず、ジャックスはリアに向けて手を振って場所を示した。

 手を振るジャックスに気がついたリアが、同じように手を振って小走りで近づいてくる。


「待たせてしまってごめんなさい」


 ジャックスに会って早々、リアが謝る。


「いや、馬車が早く着いただけだから気にすることはない。それに今は時間ぴったりだ」


 そう言って、ジャックスは青い貴族服の内ポケットに銅の懐中時計を入れる。


「そうですか、ならよかった」


 笑顔のリアに、少し顔を赤らめるジャックスは、一つ咳払いをする。


「これから開会式だが見ていくか?」


「えぇ、確かマリエッタお姉さまが呼ばれていたはずなので、少し見て行きましょう」


 そうして二人は開会式が行われる大学校舎前の野外大舞台に向かって歩く。

 マリエッタが学生祭開会の挨拶の為に立つ予定の大舞台は、ジャックスたちがいる待ち合わせの場所のすぐ近くで、歩いて数分も時間はかからなかった。


 木材をくみ上げて立てられた大舞台の前に、簡易的な椅子がいくつも並べられている。

 並べられた椅子はほぼ満員で座席が埋まっていた為、ジャックスとリアは一番後ろで立って舞台挨拶を眺める。


 丁度、赤いワンピースドレスを身に纏った金髪の美しい女性――マリエッタが、司会の青年から壇上に呼ばれて、舞台に上がってきた。


「お姉さまだわ」


 と、リアが舞台でスタンドマイクの前に立つ赤いワンピースドレスのマリエッタを見て言った。

 普段よりもおめかしして金髪の髪をハーフアップで編んでお姫様のような姿のマリエッタは、慎ましく軽くお辞儀をした後、スタンドマイクに向かって潤いのあるピンク色の唇を静かに開く。


「ご紹介に預かりましたロードネス副市長兼当学生祭管理員のマリエッタ・ロードネスと申します。本日はお日柄も良く……」


 決まり文句の挨拶を聞きながら、リアがジャックスに言う。


「今日はこれからどうなさるのですか?」


「実は学生祭というものがあまり良く分からないもので、決めていることはありません。あなたの見たいものがあればお付き合いします」


「それなら大通りのパレードを見ましょう。少し長いですがパレードを向かいながらロードネス噴水公園まで歩いて、そこでお昼は出店で買ったものを食べましょう」


 ほぼ事前計画通りの予定を聞き、ジャックスが喜び答える。


「ぜひ、そうしていただこう。実は私は出店を見て回るのが趣味でして、それなら楽しめそうだ」


「はい、では」


 と、笑顔で答えるリアは、再び舞台に立つ赤いワンピースドレスのマリエッタに振り向く。

 マイクに向かい舞台に立っているマリエッタの話は続いていた。


「……ですので、学生祭とは普段働いている方々を労い、休んでいただく為に学生たちが企画した三十年もこのロードネスで続けられてきた祭典です。本日は数々の店舗がお休みの為、お店を閉めていますが……」


 まだ、マリエッタの話は続いていくようであった。

 それから開始の時間まで、話すことが何もなく少し気まずい二人は、舞台に立って話をする赤いワンピースドレスを着たマリエッタを、客席の後ろからただ黙って見つめて立っているだけであった。

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