貧乏少女と商人貴族ジャックス・レイモンド
第31話 早朝 必殺
ベッドに横たわる少女――リア・グレイシアは、子供の頃の夢を見ていた。
学生時代、ソーモンの街から都市ロードネスへ引っ越して来た年の、小学年の時の夢だった。
**********
ロードネスには冒険者ギルドの本部があり、義務教育課程で冒険者ギルドで役立つ技術を教えていた。
その日は野外学習で戦闘スキルの授業が行われていた。
ごつごつした天然の巨石の前に、一人の赤い着物を着て刀を携えた白髪の老人が、拳を握って構え立っていた。
赤い着物を着て刀を携えた白髪の老人――ゴバド・ボービルが、左手を引いて胸の前で拳を握り、右手の拳を前にして構え、右足を少し前へ置き、左足を引いた真っ直ぐな姿勢で、身長を越える大きな巨石を前にして見据えて立ち、息を静かに吐く。
少し離れた後方で、リアと同級生の小学年の生徒たちが体育座りをして、赤い着物を着たゴバドの背中と、彼の身長を軽く超える巨石を眺めている。
引率で来ている担任の眼鏡をかけた女の先生は、にこにこと笑顔を絶やさず立ってその状況を見ている。
「ふんッ!」
と、赤い着物を着て刀を携えた白髪のゴバドが、少し気合を入れた後、少し足を踏み込んで軽く左手の拳を突き出し、目の前の巨石を殴る。
すると、身体と地面に痺れを感じる僅かな空振が大気中に発生した後、拳に触れた巨石がドン、という轟音と共に大きく凹んだ。
突風が衝撃音と共に、ゴバドの背後の生徒たちの間を吹き抜けていった。
おぉ、という小さな歓声を上げる体育座りをした小学年の生徒たち。
赤い着物を着たゴバドが振り返りながら口を開く。
「必殺とは日々の鍛錬の先にある情熱と理想の集積。このように岩を叩くだけでなく、何事にも理想を持って修練を励めば、何事においてもそれが必殺なりえる」
赤い着物を着て刀を携えた白髪の老人ゴバドは、生徒たちを正面に見据えて腕を組み、続ける。
「物を運ぶことや、馬車の運転、テーブルへの配膳や料理の包丁さばき、薬草の採集や商品の品定め、山のような書類にサインすることでさえ、日々の鍛錬と理想をもって取り組んでいけば、やがてそれらはすべて必殺となりえるのだ」
少し間を置き、ゴバドが言った。
「これぞ必殺の極意なり」
赤い着物を着たゴバドの話の邪魔をしないように、脇に退いていた眼鏡をかけた長髪の若い女の先生が、笑顔のまま生徒たちとゴバドとの間に入ってきて、生徒たちにのんびりした口調で言った。
「は~いみなさ~ん、ゴバド先生のありがたいご教授、ちゃんと聞いてましたか~?」
はーい、と体育座りをした小学年の生徒たちが返事をする。
ニコニコと、担任の眼鏡をかけた若い女の先生がのんびりとした口調で穏やかに続けた。
「みなさんもギルドに所属することとなったら分かると思いますが~、この世界にはスキルという特殊な能力が個々に備わっており、その効果も様々ありま~す」
持ってない人もいますけどね~、と先生は自分をにこやかに指差し、続けた。
「スキルには、先生が実演されたような戦闘特化の技スキル、包丁さばきなど料理特化であったり、鍛冶、調合、工作、建設など物づくり特化の職人スキル、髪を切る散髪だったり、洗濯、掃除などの生活スキル等、その種類は確認されているだけでも星の数ほど多数存在してたりしま~す」
リズムを一泊おいて、のんびりした女の先生が続けた。
「では~、今日の野外学習は~、冒険者ギルドで役立つ戦闘スキルを少し練習してみましょ~」
いいですね~、と先生が言うと、生徒たちは、はーい、と返事をする。
「あ、できなくてもいいですからね~」
と、のんびりした先生は付け加えて話を終え、先生の緩い合図により各々が立ち上がって練習を始めた。
「まずは精神と意識を集中し、呼吸を整えて、理想を思い描いてからそれを体現させるのだ」
赤い着物を着たゴバドが腕を組みながら、生徒たちにそう教える。
生徒の子供たちは各々、身体に気合を込める練習をしたり拳を振る、木剣を振る、など思い思いに自由行動を開始した。
その生徒たちの中で、無謀にもゴバドのまねをして巨石を殴るが、かえって拳を怪我して痛がり、悶絶して地面をゴロゴロと転がるたわけた子供も数人いた。
小さなリアも、息巻いて鼻息まじりに自信満々で巨石の前に立ちはだかる。
「お、リアもやるのか?」
男子生徒の一人が面白がってそう言って、巨石の前に立ち気合を入れるリアを応援する。
まわりの男子たちも面白がって群がる。
リアは拳を構えて意識を拳に集中し、呼吸を整えてて気合を入れた拳を巨石に打ち込む。
「必殺!」
大声と共にゴン、という鈍い音がして、リアの拳に激痛が走る。
何の変化もない巨石の前で、リアは悲鳴を上げて晴れ上がる手を押さえて地面をゴロゴロと転げ回る。
見守っていた男子生徒たちは笑い転げている。
「大丈夫?」
と、心配そうに駆け寄るのんびりした女の先生。
赤い着物を着た老人ゴバドは腕を組んで、それらの子供たちが巻き起こすお馬鹿な光景を見て笑っていた。
**********
そんな変哲もなかった昔の記憶の夢を見て、リアは目が覚めた。
窓から差し込む光を浴びて、眠い目をまぶしそうに開ける。
朝日を浴びつつ、がばっと、上半身を起こして背伸びをする。
リアは気持ちの良い朝を演出する晴れやかな窓の外を、ぼぉ、と眺める。
なぜ今頃あんな夢なんかを……、忘れていた記憶が呼び起こされた。
あの後、拳にひびが入っていてとても痛かったのを思い出す。
記憶がよみがえり、リアは自分の手の甲をさすって見つめた。
ベッドから降りて、リアは再び背伸びをして欠伸をする。
今日は学生祭、しかもジャックスと一緒に回らなければならない。
気が重くなり、リアはため息を吐いた。
ドアのノブを握り、ドアを開ける。
そして、朝の準備をするために、リアは兄の居ないリビングへと欠伸をしながらゆっくり階段を下りていった。
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