第42話 昼9 冒険者ギルド

 真紅のワンピースドレスを着た金髪の美しい女性――マリエッタ・ロードネスが、険しい顔をして冒険者ギルドの建物の扉を勢いよく開け放ち、フロアの床に横たわる拘束した黒い魔道士を見下ろしざわつく冒険者たちの前に姿を現す。

 慌しい事態にざわついていた冒険者たちが押し黙る。

 冒険者たちはフロアの床に横たわる黒いローブの魔術師から入り口の扉に視線を移し、真紅のワンピースドレスの裾をひらつかせながら、気品を振りまき歩み寄ってくるマリエッタに振り返る。


「みなさまご機嫌麗しゅう、ですわ」


 マリエッタが真紅のワンピースドレスの裾をひらつかせてヒールを鳴らし上品にギルド内のフロアを歩き、しなやかに手をピンク色の麗しい唇に当ててスッと下ろす。

 マリエッタの気迫と上品さに圧倒されて見惚れる周囲の冒険者たちの戸惑いの視線に目もくれず、マリエッタは一直線にフロア奥の冒険者ギルドの受付カウンターへと向かう。


 マリエッタに見惚れて受付カウンターで椅子に座っている胸の大きい眼鏡を掛けた受付嬢に、マリエッタが冒険者ギルドロードネス支部長との面会を要請する。


「わたくしはロードネス家の長女、ロードネス副市長のマリエッタ・ロードネスですわ。至急、ギルド支部長との面会をお願いいたしますわ」


 マリエッタの気迫と美しさに気圧されつつも、胸の大きな眼鏡を掛けた受付嬢が笑顔を引きつらせ、承諾する。


「は、はい、直ちに支部長へ伝えます」


 受付嬢はそう言い、慌てて席を立って振り向き、駆け足でカウンター奥の職員専用の部屋の向こうへと去っていった。


 真紅のワンピースドレスを着た金髪のマリエッタは腕を組み、その場で待機する。

 マリエッタはフロア背後の冒険者たちの騒ぎが気にかかり、振り向いた。

 フロアの床に黒いローブを着てフードを被った、黒い霧で覆われて顔の見えない小柄な魔道士が、身体をロープでぐるぐる巻きにされて動かず横たわっていた。

 マリエッタは冒険者たちが群がるそこへ歩み寄った。


「なんですの?」


 マリエッタがそう訊くと、フロアの床に横たわる黒い魔道士を見下ろす冒険者の一人でポニーテールの少女――バレッタ・フィラーが首を傾げつつ答えた。


「いや、こいつはギルド前でわたしたちが捕まえたのですが、動かなくなってもまだ顔が見えないって不思議だな~ってみんなで話してたんです」


 マリエッタは眉間に皺を寄せ、上半身を屈ませて床の黒い魔道士の顔を覗き込む。


「そうですわね……。誰か魔法の解除は試したのかしら?」


 冒険者の一人が後頭部に手をあて、答える。


「それがあいにく、魔法が使えるやつらが出払っておりまして……」


 マリエッタが傍らに立っていた、魔法の杖を抱えた魔法使いの少女――ポリリー・エスタノッタに振り向く。


「あなたはどうなの?」


「わたしじゃ顔にかかっている魔法が強すぎて無理だったの……」


 頬に手をあててマリエッタは考えた後、すっと屈み、黒い魔道士の黒い霧のかかった顔に、右手の掌をかざした。


「魔力の波動は幻影魔法とも幻惑魔法とも感じる、あるいはその両方か……。やっぱり特殊な魔法のようね、わたしがやってみるわ」


 そう言うと、マリエッタは魔法を発動した。


「ディスペル」


 魔法を唱えると、マリエッタのかざした右手の掌から白い魔方陣が発現し、クルクルと回転した後、黒い魔術師の黒い霧の部分が白く輝きだす。

 そして、黒い魔術師の顔の黒い霧が更に強く白く輝きを発し、閃光を放った後に消え去った。


「流石マリエッタ様なの……」


 背の低い魔法使いポリリーが、いとも容易く黒い霧を晴らしたマリエッタに感心する。


 黒い魔道士の顔が漸く公の場に現れ、周囲の冒険者たちがどよめく。

 黒い霧の中から現れたのは、黒い目隠しマスクをかけて黒いバンダナを巻いた人物だった。

 その人物は白目を剥いて口をあんぐりと開けたまま、気を失っている。


「どうやら死んではないようね」


 僅かに呼吸をしている気配を感じてマリエッタがそう言った。

 冒険者の一人が、床に転がる黒い目隠しマスクをした小太りの中年を指差し、声を上げた。


「そいつ、この前から地下水路の管理任されている二人組みの一人のロビンソンじゃねぇか!」


「え、あの変態⁉」


 と、冒険者の少女たち三人が床に横たわる黒いマスクを着けた中年の男――ロビンソンの顔を凝視した後、確かにあいつだ、と頷いた。

 想像もしていなかった意外な人物が黒い魔道士の正体だったことにますます混乱し、冒険者たちがざわつく。


 冒険者ギルドの扉が再び勢いよく開かれた。


「魔道士を拘束したのでこちらで一時収監をお願い致します」


 と、黒い魔道士を担いだロードネス警備兵が現れて、担いだ黒い魔道士をフロアの床に置いた。

 警備兵はすぐに立ち去り、冒険者ギルドの扉から出て行った。

 マリエッタがフロアの床に横たわる新しい黒い魔道士に近づき、右手の掌を顔の黒い霧にかざした。


「ディスペル」


 右手の掌から白い魔方陣が発現しクルクルと回転する。

 黒い魔道士の顔が光に包まれた後、閃光を放って黒い霧と共に消え去った。

 今度は顔に傷のある男が、白目を向いて口を開けたまま、気を失っていた。

 冒険者の一人がその顔に傷のある男を見て声を上げた。


「そいつは確か、この前食い逃げしてつかまった野郎だ」


 地下水路の管理員に食い逃げ犯、魔道士たちの接点が何も見えず、ギルド内にいる皆が困惑する。

 ギルドの受付カウンターから眼鏡を掛けた胸の大きな受付嬢が慌てて出てきて、マリエッタに告げる。


「マリエッタ様、至急こちらに来てください。支部長がお呼びです」


「わかりましたわ」


 と、こちらです、と案内する受付嬢の背後について、マリエッタはギルドのカウンターの中の勝因専用の部屋へと入っていった。

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