第43話 昼10 お茶会の招待状
真紅のワンピースドレスを着た金髪の女性――マリエッタ・ロードネスは、眼鏡を掛けた胸の大きいな受付嬢に連れられて、冒険者ギルド建物の二階にある支部長室に通された。
眼鏡を掛けた胸の大きな受付嬢が、<支部長室>と書かれたプレートが張られている茶色の木のドアをノックする。
「デイビット支部長、マリエッタ様をお連れしました」
重厚な木製のドアの向こうから男の声が響く。
「入りたまえ」
眼鏡を掛けた胸の大きな受付嬢が、金色のドアノブを握って下げ、重厚な赤茶色のドアを押し開けた。
受付嬢が重厚なドアを押し開いたまま、手を部屋の中へと差し出して廊下に立つマリエッタを招き入れる。
「失礼します。マリエッタ様どうぞお入りください」
受付嬢にドアから通されてマリエッタが支部長室の中に入り見渡す。
支部長室の四方の壁には額縁に飾られた風景画や抽象画などの絵画が幾つも掛けられており、棚にはいわくのありそうな古びた兜や剣が飾られていた。
マリエッタが支部長室のドアを開けた正面に目を向けると、<ギルド通り>を見渡すことの出来る窓を背後に、報告書が散乱した広いデスクに向かって座る男がいた。
薄い水色のワイシャツにサスペンダーを着け、髭を生やし眼鏡をかけた中年の男――デイビット支部長が、両肘をデスクに突き、両手を組んでうつむき加減に顔を伏せてそこに座っていた。
マリエッタは窓から外の騒動が聞こえ響く部屋の中を進み、デイビット支部長が向かって座るデスクの前に足を進める。
デイビット支部長は険しい顔を挙げ、両肘をデスクについたまま口を開く。
「ようこそおいでくださいましたマリエッタ様。お迎えに上がれず申し訳ない」
傍から見て明らかに弱っている様子のデイビット支部長に、マリエッタがデスクの前で立ち止まり口を開く。
「お気になさらずデイビット支部長。早速で悪いのですが、現在までに分かっている状況と、情報の摩り合わせを行いたいと思いますわ」
デイビット支部長は静かに頷き、口を開く。
「都市ロードネスは現在、黒い魔道士と思わしき集団に襲撃を受けております。冒険者ギルドは市民からの一報を聞き、傭兵ギルドと連携の上、直ちに緊急体制へ移行。冒険者各位に緊急クエストを発注し、街の防衛と事態の収拾に動いております」
デイビット支部長はデスクの前に広げた街の地図を指差し、襲撃エリアを指でなぞって状況を示す。
「黒い魔道士の襲撃は学生祭が行われているエリアのみで起きているようです。学生祭本部が置かれた大学校舎前から<南東商学大通り>の全てとその端の<ロードネス噴水公園>まで、襲撃者の目撃情報は学生祭開催エリアに集中しております。それ以外での襲撃情報は今の所入っておりません。鎮圧の状況が確認できたのは、今はギルド目の前の<ギルド通り>のみです。黒い魔道士は魔法スクロールを使い、主にファイアボールの魔法を使って街に被害を与えております。ファイアボール以外の魔法が使われた報告はありません。今現在、学生祭に参加していたすべての関係者と参加者、襲撃が行われているエリアの住人の避難が完了しております。被害状況は開催エリアの展示物と建物の一部損壊、道路の一部損壊、小規模の火災が数件、火傷や擦り傷、軽い打撲、捻挫などの軽症の負傷者が多数出ています。死者、重傷者の報告は今の所ありません」
「冒険者ギルドの素早い対応、ありがとうございますわ。傭兵ギルドも警備兵たちと連携して市民の避難や街の防衛に対応しているようですわ。概ねわたくしが把握している状況と一致しておりますわね」
「この計画的なテロ行為……、マリエッタ様は犯人が誰なのか検討つきますか?」
マリエッタが顎に人差し指を当てて、考える。
「幻惑、幻影魔法に、あとおそらく催眠、記憶の操作……、使用された魔法から考えるに、潜入、隠密に優れた者の犯行のようですわ。それも、これほどの規模を恐らく一人で操っている、とてつもない手練ですわね」
「この街で情報が一手に集まるマリエッタ様ですらテロの計画を把握されていなかったとなると、今まで全くマークされていなかった組織か人物か、それともソーモンの……」
「それでしたら、今もわたくしの駒が調査中ですわ。少々前にソーモンから三人組がこの街に来まして、気になって調べてもらっていたところですの」
マリエッタはそう言って、再び考え込んで沈黙する。
デイビット支部長がマリエッタに訊く。
「それで、マリエッタ様はこれからどうなされるのですか?」
「わたくしは混乱が収まるまで冒険者ギルドで待機して、頃合を見計らって中央区の城へ戻り対策本部を設置しますわ。街の被害状況を整理しなくてはなりませんから」
デイビット支部長が困った顔をして、引き出しから封書を取り出した。
「それがですねマリエッタ様……、実は我々もあなたを至急こちらへお連れしたかったのですが、事態が急変した為に現場が混乱し、手が回らなくなってしまって……」
そう言うと、赤い蝋で封のされた封書をマリエッタに差し出した。
マリエッタが歩み寄って、デイビット支部長から封書を受け取る。
マリエッタは受け取った封筒をまじまじと見つめ、手に取って調べた。
封筒には冒険者ギルドの支部長宛の宛先が書かれ、封がされていた赤い蝋は剥がされていた。
「今日の昼、丁度襲撃前に私宛に届いたものですが、中身はどうやらマリエッタ様宛らしく……」
マリエッタは封筒の中身を取り出し、中に入っていた手紙に目を通す。
手紙には達筆でこう書かれていた。
【 我々が用意致しましたパレードは
お楽しみいただけていますでしょうか。
ご要望があればいつでも増員致しまして、
さらに盛り上がる演出もご用意しております。
そして本日は、丘の上に立つ廃教会にて、
ささやかなお茶会を開催致したいと思います。
日時は日没後、月夜の中での開催となります。
ご参加いただきますのはレイモンド家のジャックス・レイモンド様と、
リア・グレイシア様となっております。
つきましては是非、お一人でのマリエッタ・ロードネス様への
ご参加をお待ち申し上げます。
ささやかなお茶会故、
以上三名以外のご参加はご遠慮願います。 】
マリエッタが手紙に目を通し、顔を上げた。
「なんですのこれ……招待状……」
「脅迫状かと思われます」
慌ててマリエッタが声を上げる。
「リアが……、まさか⁉」
「今、我々でジャックス・レイモンド様とリア・グレイシアの捜索を行っておりますが、混乱している状況もあり、見つかる気配がありません」
「これは大変なことですわ。リアが人質になっている可能性が……」
軽く顔を左右に振り、マリエッタが続ける。
「いえ、これはリアどころか街を人質にとって、わたくしを誘い込もうとしていましてよ」
「はい、我々もそう推測しております」
「約束を破れば、魔道士たちが更に押し寄せるわけですわね」
「多分、それだけではありません。現在、魔道士たちの攻撃はなぜか直接一般人へ行われておりませんし、魔法の威力も最小限のものとなっていて、明らかに手を抜いていると思われます」
「本気を出せばもっと被害を出せるという脅しかしら」
「そういうことです」
「お茶会のお誘いを断れば街が襲撃され、大人数で押し寄せれば人質の二人は殺される……。なんとも卑劣な手ですわ」
「如何いたしましょうかマリエッタ様」
マリエッタが頬に手を当てて考える。
「困りましたわ……、頼りになる駒たちは生憎出払っていおりましてよ」
「このタイミングで遠征をしたレウ、イザベラ、マーリンの三人から察するに、現状ギルドも嵌められたと推測して間違いなさそうです。彼らが事態に気づいて今日中に帰ってこられるかどうか……」
マリエッタとデイビット支部長が考え込み、外の喧騒も落ち着いたのか小さくなり、部屋が不意に静まり返る。
コンコンと、静寂の中、ドアがノックされた。
「支部長、報告があります」
ドアの向こうから男性職員の声が部屋に響く。
「入れ」
「はい」
と、重厚なドアを開けて入った書類を手にした男性職員が、デスクに向かって座るデイビット支部長の前に歩み寄る。
「現在、襲撃現場にて怪盗オクターが現れ、次々に魔道士たちを無力化し、鎮圧しているようです」
「おぉ、怪盗オクターが現れたのか」
影がかかっていたデイビット支部長の顔が少し明るくなる。
マリエッタもその報告を聞きうつむいた顔を上げ、打開策の見えない八歩塞がりだった現状に光明がさす。
「駒が手元に戻りましたわ」
嬉しそうにそう言った後、マリエッタがデスクに向かって座るデイビット支部長に振り向いた。
「デイビット支部長、わたくしはお茶会のご招待に預かりたいと思いましてよ」
自信に満ちた顔のマリエッタはデスクに向かって座るデイビット支部長にそう言い、これからの行動の説明を始めた。
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