第44話 夕 地下を抜けた者たち

 黒いローブを棚引かせ、片眼鏡をかけた隻眼で長い白髪を後ろで束ねた老人――ガルマンダと、人質を肩に担ぎ、眼鏡をかけた黒いローブを着た女――メルと、同じく人質を担ぎ最後部を走る黒いローブを着た女――エルが二時間ほど暗い地下水路を走り続た。

 ひたすら前に向かって暗い道を駆け抜けた三人の前に、複雑に入り組んだ迷宮のような長く進みづらい地下水路の出口の光がやっと目に映り、安堵した息を漏らす。


「やっと出口が見えたわね」


 眠っている丈の長い茶色いスカートを履いた少女――リア・グレイシアを肩に担ぐ眼鏡をかけたメルが、出口に向かって走る足を止めずにそう言った。


 眠っている青い貴族服を着た青年――ジャックス・レイモンドを肩に担いだ黒い髪のセミロングのエルが、出口に向かって走り続けながらため息をつく。


「やっとかよ……」


 黒いローブと後ろで縛った長い白髪を棚引かせ、ガルマンダが走る足を速める。

 ガルマンダは後続するメルとエルから距離を離れ一足先を行き、光の差す地下水路の出入り口の鉄柵で出来た扉を開け放った。


 後続していたメルとエルは鉄柵の扉を押し開くガルマンダの傍を通り、そのまま出口まで向かって暗い地下から走り出る。

 ガルマンダが最後に鉄柵の扉を閉めて川の河川敷へと出る。


 メルとエルは外の明かりに照らされ、眩しさから一瞬目を細め、周囲を確認した。

 暗く長い迷宮のような地下水路の出入り口を出た先は、街の壁外を流れる川の少し小高くなった河川敷になっていた。

 地下水路に入る頃は高い位置にいた太陽は、もう地平線へと沈みかけているところだった。


 黒いローブを着て片眼鏡をかけた隻眼のガルマンダが、黙って河川敷を飛び上がる。

 ガルマンダに続いて、人質を肩に担ぐメルとエルも河川敷を駆け上がる。


 河川敷を上がった地下水路の出入り口の真上の堤防道路に、一台の馬車が止まっていた。

 馬車の前には黒いローブを着てフードを被り、黒い霧で顔の見えない魔道士が一人立っていた。


「ご苦労だった」


 と、ガルマンダがそう労いつつ指をパチン、と鳴らすと、黒い魔道士が力なく膝から崩れ落ちて地面に倒れた。

 倒れた黒い魔道士には目もくれず、黒いローブを着たガルマンダが馬車の運転席に乗り込んだ。


「お前たちは後ろだ」


 ガルマンダがメルとエルにそう声をかる。

 眠ったままのジャックスとリアを担いだ二人は馬車の後ろへ回り込む。

 メルとエルは眠ったままのジャックスとリアを馬車の中へ静かに置いた後、座席に着いた。


「もういいよ」


 と、座席に座ったエルが馬車後部から、運転席で馬の手綱を握るガルマンダに合図し、ガルマンダが手綱を引いて馬車が出発した。

 道を走り出した馬車に揺られながら、エルが右手で肩を抑えて首を傾ける。


「あぁ、疲れた……」


 と、エルが何度も首を傾けて肩の痺れを取る。


 ガルマンダ、メル、エルと、眠ったままのジャックスとリアを乗せた馬車は、堤防の道路を走り、川に架かった橋を渡り、道なりに進んで行く。


 沈む夕日を背景に、丘に佇む廃教会が、馬車の運転席で馬の手綱を握るガルマンダの視線の先に現れる。

 ガルマンダ、メル、エルと、眠ったままのジャックスとリアを乗せた馬車は緩やかに蛇行する丘の道を上り、夕日が沈む中、廃教会へ向かって走って行くのであった。





        <貧乏少女と商人貴族ジャックス・レイモンド>

                              ――了――

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